彩られたばかりの空が、彼の背後でキラキラと輝いていることに気づいた瞬間、目の前にも星が降る。唇に、冷たく柔い感触が伝って、私は何度も睫毛を弾く。
「俺も、素直になることにした」
「……え?」
「好きだから」
キスを降らせた後、彼はそう言いながら黒い瞳で私を吸い込んでいく。心臓が破裂して、塵になってしまいそうだった。
「戻っても、お前の記憶には残るんだろ」
「うん。……残るよ」
——忘れられるわけがない。
正面で「良かった」と頬を緩める綾崎くんに、もう一度体を寄せる。見た目よりも細身なその体を締め付けると、彼は「う、」と少し唸って「やっぱ力強ぇ」と笑った。
「……忘れない。絶対、忘れないよ」
笑顔には笑顔で応えたいのに、思った通りにはいかない。
彼の胸元で鼻を啜ると、大きな掌がそっと私の頭を撫でた。
「これからまた見失いそうになったら、俺に吐けばいい。俺の事を好きだって、何度も言いに来ればいい」
「え……?」
腕の力を緩めて見上げると、綾崎くんの視線がふいっと横に逸らされる。同時に頭を押さえつけられて、私はまた彼の胸元に収まった。
「……あんま見んな」
「な、んで……?」
「慣れてないって言っただろ」
「え?」
「こんなこと言うの、本当は柄じゃないってことだよ」
「……でも、言ってくれたんだ」
クスッ、と息を落とせば、短い嘆息が耳元へ注がれる。
「十年後……もし他に大切なやつが出来ても、今日の事を忘れて欲しくない」
憶えてる。この先、どれだけ宝物が溢れても、あなたのことは絶対に忘れない。茜鳴祭で過ごした一日を、絶対に忘れない。
「忘れちゃうのは、十年後の綾崎くんなのに——……変なこと言うなぁ」
「憶えてるよ、絶対」
「だって、このセカイの綾崎くんには……会えなくなって、」
「だって居るんだろ。十年後にも俺が、担任教師として」
何度目だろう。また剥がされて、すぐ寄せられる体温に目を瞑る。互いの表情がまだ見えることに安堵して、確かめ合って、私たちは同じ温度で微笑み合った。
ねえ、私のどんなところが好き?——前の私だったら、ムードも関係なくそんなことを訊いていたかもしれない。
ただ、こうして包み込んでくれる温もりが傍にあるだけで、私は私で良かったんだと思えた。目に視える個性がなくたって、特別な才能や存在感がなくたって、大切な人の手を取ることが出来る私自身のことを、きっともっと好きになれる——そんな気がした。
「ありがとう。あとね……手、繋いでも良い?」
「手?」
「うん」
互いの体温を名残惜しく思いながら、私たちは視線を絡める。差し出された掌を掬い上げると、その指先は冷気に晒されたせいか少し冷たくて、私は強く握りしめた。
「チサト」
「え?」
「私の名前、遠山千怜って言うの」
彼の温度が伝ったのか、自分の指先まで凍ったように冷たい。
声を震わせながら、私は懸命に黒い瞳を焼き付けた。決して視界が歪まないように、唇を噛み締めた。
「ねえ、言ってみて、遠山千怜だよ」
「……なんで、また泣いてんだよ」
さすが綾崎くん。敏い彼は簡単に流されてはくれない。あれだけ皆の前で繕ってきたのに、肝心なところで破綻してしまう私の演技に辟易した。
「あいつらには、言わなくて良いのか。小鳥遊を説得したのも、矢澤を助けたのもお前だって——」
「うん。いいの」
私は縦に大きく頷く。正解かどうかなんて分からないけれど、導いた決意に迷いはない。