飾り気のないその真っ直ぐな一言が、容赦なく涙腺を刺激する。私は溢れないように息を吐いて、何度も脳内で巡らせた言葉を一つずつ紡いだ。
「私は、透子じゃないの。私はね……十年後の未来から来ました」
綾崎くんは無言で目を見開いて、ゆっくり瞬きをする。
「ビックリするでしょ。可笑しなやつだって思うでしょ。……でもね、本当なんだ。火事のとき、透子の体に私が入ったの」
そこまで話すと、彼の眉間が少し狭まる。あまりにも空想的な事実を理解しようと、懸命に思考を巡らせてくれているのだと思う。
証拠に、しばらく黙った後で彼は
「だから、あのとき俺と学校の名前——……」
と、早くに記憶を紐付けた。
「うん。最初は私自身も信じられなくて……、でも、実際別人になってたから」
「……まあ、確かに……あの宮城が、棺を蹴飛ばせるとは思えないけど」
彼はすんなりと受け入れて、さらには私の脱出エピソードを思い出してクスリと笑う。撫でる風の温度は冷たくなっているはずなのに、頬は熱く火照った。
「なっ……、だって、本当に緊急事態だったんだもん!」
「分かってるよ。豪快だよな、お前は」
「“は” って!」
口を尖らせて睨むと、喉仏がまた微かに上下する。急に紳士をどこかに置いて子どものように笑う姿が、堪らず胸を締め付けた。
……なによ、綾崎くんならなんでもいいのか私は。ゾッコンじゃないか。
「……もっと、驚くかと思ってた」
「十分驚いてる。二重人格とか、そういう類いの話かと思ってたから」
「あー……なるほど、その手があったか」
「物騒な言い方すんなよ」
「まあ、残念ながら未来人だけどね。ちなみに現代での歳は十七だから、綾崎くんより十個は若いよ」
「未来人ってほど未来でもないだろ、十年後なんて」
「……でも、私は綾崎くんの未来に会ってるよ」
「俺の未来?」
「うん。——綾崎くんは、なんと私の担任の先生です」
すると、目の前のにやついていた表情が一転して、瞳が綺麗な丸を描く。
「ビックリしたでしょ。ちょっと口の悪い、良い先生になってるよ」
可愛らしいままの反応に笑みを溢しながら、茜色の雲を仰ぐ。そろそろ日が暮れてしまいそうな夕空に、心が急いた。
「いや……全然、教師なんて考えてないけど」
「でも、なってるよ」
「じゃあそれは、ここでお前に言われたから——」
そこから先の言葉は、午後五時を知らせるチャイムの音で掻き消される。
もしこのセカイと十年後のセカイが繋がっていたら、どこかのフィクションみたいに、そんなロマンチックも有り得たのかもしれない。
私は、こちらを向いて答えを待つ綾崎くんと、どうしても目を合わせることが出来なかった。
「ううん。それはないよ」
「……なんで言い切んだよ」
冷たい空気に巻かれた彼の言葉は、なにかを悟ったかのように静かだ。
「ここはね……いまここで過ごした時間は現代とは繋がっていないの。私が元のセカイに戻っても、記憶は引き継がれない。分かりやすく言うと、……パラレルワールドみたいな。いや、ちょっと違うけど」
ざらめ。分かりやすく説明するのって、結構難しいのね。心のなかで沢山文句言って、ごめん。
返事をしているつもりだろうか。腿に寄り添う体温の塊が、にゃあ、と猫のように鳴いていた。
「私が元の現代に戻ったら、担任の綾崎先生はこの時間を思い出すことは出来ないの——だから、ごめんね」