「さぁな……勢いだったってのは否めないけど。たぶん、お前のこと知りたかったからかも」
「私のこと……?」
「ああ。本当は“宮城透子”じゃない“お前自身”のこと」

 途端、流された視線に心臓が跳ねる。なんだかばつが悪くて視線を逸らすと、綾崎くんはクツクツと喉を鳴らした。

「なんか、人を騙したみたいな顔してんぞ」
「そ、んなこと……あるかも」

 だって、本当に騙したみたいなものじゃない。
 綺麗な横顔を垣間見ながら心の内で付け加えると、彼は見透かしたように口角を持ち上げる。挑発じみた表情なのに瞳は依然として真っ直ぐ私を捉えているので、脈がドクンと深く沈んだ。

「でも、音楽が好きってのは本当だろ」
「え……?」
「バンドの話に食いついたときも、『ふるさと』歌ってるときも、あれはお前自身が好きなことだって分かった。……まぁ最も、お前が宮城じゃないって気づいたのはその後だったけど——」

 まるで種明かしをするように、優しい温度で紐解いていく綾崎くんはやはり紳士的で、ライブで纏った熱気が体のなかでまたジワリと生まれた。

「私のこと、見ててくれたんだ」
「あれだけ一緒に居たらな」
「……どうして、中身(わたし)が別人だって気づいたの?」

 不思議と鼓動は落ち着いている。隣でしっかり灯っている彼の温かい体温が、安心させてくれたのかもしれない。

「宮城透子は楽譜が読めない」
「え?」

 首を傾げながら、自分の言動を辿っていく。
 それこそ、『ふるさと』の暗号を解いたときのことだろう。女子で楽譜が読めること自体、あまり珍しくないことだと思って気に掛けていなかったが、まさか透子が読めなかったとは……。さらに言えば、綾崎くんがそれを知っていたのも運の尽きだったのだろう。
 私は自分で掘った墓穴に苦笑を浮かべた。

「そっか……読めないんだぁ」
「あと、俺がギターを弾くってことも宮城なら知ってる」
「え、そうなの?」
「ああ。パンケーキ食いながら訊かれたときは、ただ忘れられてるだけかと思ったけど」

 瞬間、ピュウッと吹いた空っ風に肩を竦める。辛うじてまだ日は落ちていないけれど、そろそろ冷える時間帯——……ざらめは大丈夫?
 横で丸まっている三毛猫に視線を落とすと、両肩を包み込むように何かが掛けられる。

「それ羽織ってろ」

 綾崎くんの声とともに届けられたのは、寸前まで彼の体温を吸った温かい学ランだった。

「でも、」
「俺は平気」

 短い言葉で遮られて、学ランの両襟をキュッと握りしめる。男の子なのにいい匂いがして、なんだかちょっと妬ましい。また紳士が積み重なって、私の心は休まる暇もない。
 これ以上好きになりたくないのに、心は言うことを聞いてくれなかった。

「ありがとう……。温かい……綾崎くんは、温かいね」
「体温?別に普通だろ」
「そ、それもあるけど違くて、」
「ん?」

 大きな学ランを持て余す体を包みながら、彼の瞳を見据える。

「可笑しいと思っても言わないで、一緒にいてくれて——中身(わたし)に気づいてくれた」

 ああ、そうか。透子として傍に居られなくなる怖さもあったけど、私は綾崎くんが気づいてくれたことが嬉しかったんだ——。
 細めた瞳が何度目か分からないくらいの泉を溜めて、彼の表情がほんのり歪む。ただ口を結んで目を逸らさないで居てくれる彼に、また好きが募った。

「信じてもらえないかもしれない、けど……聴いてくれる……?」

 ——聴くよ。