「——……」
……ああ、本当に立ってしまった。いくらこの歌が好きだからって、私本当に歌える? こんな晴れ舞台で、しかもぶっつけ本番で、これまでの私だったら絶対に有り得ないでしょ。……いや、むしろ個性を確立するためならって、願い出ていたかもしれない。
渡されたマイクを握りながら、変わらず図太い性格の自分自身に辟易する。今回ばかりは宝箱をこじ開けて、打算のない感情に胸を熱くする。
「いけるか」
「……うん。いつでも」
綾崎くんは隣で頷き、にこっと笑う。瞬間、ステージが白とオレンジの光に当てられて、ドラムのスティックがリズムを刻む。
“広い宇宙の”——。
すぐさま訪れる歌い出し。マイクを通した自分の声が震えていることに気がついて、綾崎くんに視線を送る。ギターの弦を弾きながら流される瞳が優しく頷いて、胸がキュンと鳴いた。
一音一音、同じピッチで重なっていく声。時おり絡まる彼の視線。観客でいたときよりもズクズクと響く、楽器の音——歌いながら、私の世界は色づいていく。
「「“ただ あなたにだけ 届いて欲しい”——……」」
そして、終盤まで何度も繰り返されるサビの歌詞。緊張と動悸で酸欠間近の脳が、そのフレーズを深く刻んでいく。
——綾崎くんには、ちゃんと伝えたい。
私、本当は自分の声で歌ってみたかった。
私の声で、あなたの事が好きだと言いたかった。
なんの取り柄もない私が私でいる意味なんて分からなかったけれど、私はやっぱり“遠山千怜”として、綾崎くんに伝えたい。
「ありがとうございました!」
ベースが鳴り止んだ後、私は深く腰を折って放つ。感極まったせいか、自分でも驚くほどのボリュームになってしまったけれど、顔を持ち上げたときには温かい拍手に包まれていた。
「泣くなよ」
「そんな……簡単に泣かないって」
マイクを通さず放った綾崎くんに、鼻を啜ってそう答える。流れる寸前だったことは黙っておくことにした。
「良かったじゃん。歌」
「……ありがとう。緊張した」
「ほんとかよ」
「ほんとだよ」
ラスト一曲に移る直前、ステージを下りる私を送り出してくれるメンバーたちに手を振りながら、綾崎くんの横顔を見上げる。ステージ端まで送り届けてくれる手厚い紳士のせいで、動悸はしばらく収まりそうにない。
私は鳴り止まない心音を感じながら、下りていくステップの途中で彼を振り返った。
「ねえ、綾崎くん」
「うん?」
「……ライブが終わったら、青空廊下に来て欲しいの」
声が震えないように握りしめた拳が、スカートの横で震えている。暗がりで良かったな、と思い伏せながら、私は懸命に微笑んだ。