意中の相手でもない限り、他のクラスメートの動きに注目なんてしないことも、皆んな自分のことに精一杯だということも分かっている。それなのに、周りの目を気にしながら過ごすことが癖になって、休み時間が来る度に身を削っていた。唯一向けられているであろう田淵くんの視線も、その一因だったと思う。
どうか私の方を見ないで。
学祭を回るのは無しにしてほしいの。
そう伝えたいのに、彼に話しかけることすら大衆の面前では憚られる。
「変なの」と個性を認識されて喜んでいたのに、「変だ」と違和感を唱えられるのが嫌だ、なんて。私という人間はやはり中途半端で、矛盾している。
「成績についてはそんなところだが……どうだ。他に何か言っておきたいことはあるか?」
文化祭まであと二日!
放課後の静まり返った教室で、カウントダウンを続ける黒板と綾崎先生を交互に見据える。すると、眼鏡の奥に佇む瞳は気怠そうに私を捉えた。興味がないことがこうも分かりやすいと、逆に気が楽だ。
「特にありません」
「そうか」
「いま、助かったって顔しましたよね?」
「はぁ? してねぇよ」
なんだ、このヤンキー教師。
真面目そうな短髪に眼鏡、内側に伏せられたバインダー。たぶんその中身は私の冴えない成績なのだろうけど、そこから持ち上げられる視線はやけに黒光りしている。若い頃は絶対にやんちゃしていたタイプだ、と私は勝手にキャラ付けした。
「興味ないなら朝ちゃんに頼めば良かったのに。個人面談」
「おい。敬語はどうした。それと朝ちゃんじゃなくて朝川先生、な」
副担任である朝川 未可子先生の方が綾崎先生より絶対に優しいし、生徒への関心もきっとある。私がそう含んだことを理解して、先生はついにバインダーを閉じて背を凭れた。
「なんでこの時期に面談なんだろうな」
態度が悪い。もっともこの教師は、普段から生徒に「なんだその態度は」なんて説教は強く垂れない方だけど、先生ならもっとしゃんとした方が良いと思う。
「私に訊かないでくださいよ。学祭前の忙しい時期に、生徒側だってうんざりです」
「おー言うなぁ。で? 他に言いたいことは?」
「からかってるんですか」
「さあな」
片方だけ吊り上がった教師の口角から、肯定とも否定とも取れない笑みが漏れる。面談を終了としないのは、きっと、次の生徒の順番が来るまでの時間潰し。
でも、それなら私にとっても都合がいい。だってここで帰されてしまったら、いま廊下で屯っている佳子たちと顔を合わせなければいけない。五分ほど前から、あの甲高い声が配慮なく廊下に響き渡っていた。
「先生って、生徒に興味ありますか?」
彼女たちの気配がなくなるのと、次の生徒が来るのとどっちが早いだろう。出来ることなら前者であって欲しいと願いながら、私は唇を割った。
「建前と本音、どっちがいい」
「本音」
「敬語」
「本音の方でお願いします」
凭れた背をゆっくり起こす担任は、一息吐いた後でにやりと笑う。頬杖を突く仕草が様になるのは、男性教師のなかでも飛び抜けて容姿が整っているからだろうか。朝ちゃんほどではないにしろ、綾崎先生も十分若い。正確な年齢は知らないけれど、二十代後半という情報は生徒間の噂ですでに仕入れていた。
どうか私の方を見ないで。
学祭を回るのは無しにしてほしいの。
そう伝えたいのに、彼に話しかけることすら大衆の面前では憚られる。
「変なの」と個性を認識されて喜んでいたのに、「変だ」と違和感を唱えられるのが嫌だ、なんて。私という人間はやはり中途半端で、矛盾している。
「成績についてはそんなところだが……どうだ。他に何か言っておきたいことはあるか?」
文化祭まであと二日!
放課後の静まり返った教室で、カウントダウンを続ける黒板と綾崎先生を交互に見据える。すると、眼鏡の奥に佇む瞳は気怠そうに私を捉えた。興味がないことがこうも分かりやすいと、逆に気が楽だ。
「特にありません」
「そうか」
「いま、助かったって顔しましたよね?」
「はぁ? してねぇよ」
なんだ、このヤンキー教師。
真面目そうな短髪に眼鏡、内側に伏せられたバインダー。たぶんその中身は私の冴えない成績なのだろうけど、そこから持ち上げられる視線はやけに黒光りしている。若い頃は絶対にやんちゃしていたタイプだ、と私は勝手にキャラ付けした。
「興味ないなら朝ちゃんに頼めば良かったのに。個人面談」
「おい。敬語はどうした。それと朝ちゃんじゃなくて朝川先生、な」
副担任である朝川 未可子先生の方が綾崎先生より絶対に優しいし、生徒への関心もきっとある。私がそう含んだことを理解して、先生はついにバインダーを閉じて背を凭れた。
「なんでこの時期に面談なんだろうな」
態度が悪い。もっともこの教師は、普段から生徒に「なんだその態度は」なんて説教は強く垂れない方だけど、先生ならもっとしゃんとした方が良いと思う。
「私に訊かないでくださいよ。学祭前の忙しい時期に、生徒側だってうんざりです」
「おー言うなぁ。で? 他に言いたいことは?」
「からかってるんですか」
「さあな」
片方だけ吊り上がった教師の口角から、肯定とも否定とも取れない笑みが漏れる。面談を終了としないのは、きっと、次の生徒の順番が来るまでの時間潰し。
でも、それなら私にとっても都合がいい。だってここで帰されてしまったら、いま廊下で屯っている佳子たちと顔を合わせなければいけない。五分ほど前から、あの甲高い声が配慮なく廊下に響き渡っていた。
「先生って、生徒に興味ありますか?」
彼女たちの気配がなくなるのと、次の生徒が来るのとどっちが早いだろう。出来ることなら前者であって欲しいと願いながら、私は唇を割った。
「建前と本音、どっちがいい」
「本音」
「敬語」
「本音の方でお願いします」
凭れた背をゆっくり起こす担任は、一息吐いた後でにやりと笑う。頬杖を突く仕草が様になるのは、男性教師のなかでも飛び抜けて容姿が整っているからだろうか。朝ちゃんほどではないにしろ、綾崎先生も十分若い。正確な年齢は知らないけれど、二十代後半という情報は生徒間の噂ですでに仕入れていた。