「で、ミチとのデートはどう?楽しい?」
ああ、やっぱり。本題はこっちか。
朗らかそうに見せた表情や声色とは裏腹、尖った語気がまっすぐに飛んでくる。両端に佇む女子二人は、もう笑ってなどいなかった。
「ミチ……綾崎くんのこと?」
「ハハッ、それ以外に誰がいるの?」
乾いた笑いが、階段の裏側に反響する。生徒たちの足音はすぐ傍で響いているはずなのに、ここだけ照明が遮られているせいか、学祭の喧騒はとても遠くに感じられる。現代でも覚えのある嫌悪が、祭りの高揚を縫って私を突き刺してくる。
まるでこの場所だけが、祭りのヴェールを剥いでいるかのようだ。
「宮城さん、意外とタフっていうか、欲深くてビックリだよね~って。ちょうど私らで話しててさぁ」
棘。
「あの火事に巻き込まれた後で、普通参加できないって。私だったら無理だわァ」
「キャハハッ、でしょ? ミチとの約束に必死すぎ」
棘、棘。
目の前で繰り広げられる公開陰口は、元から透子と彼女たちの関係に入っていたであろう亀裂をより深く、太く刻み続けた。
「私と……綾崎くんが約束してたこと、知ってたんだ」
抑揚なく、冷静に疑問を放てば、カモタ リカと以下二名の笑い声がピシャリと止む。代わりに向けられた視線にはもう配慮の欠片もなく、とくにカモタの眼光は刃のように尖っていた。
「白々しい……。宮城さんはちょっとタイミングが早かっただけ。ラッキーだよねぇ、ほんと」
「……タイミング?」
「ミチを誘ったときにはもう『先約がある』って断られたのよ。明日はクラスの劇で仕事があるとか言うし……、誘うのがもう少し早ければ、今日隣にいるのは私だったのに」
嫉妬、不満、恨み辛み。声を震わせながら言う彼女のような存在を、想定していなかったわけではない。綾崎くんはきっと好意を集めやすいから、一緒に歩くだけでも覚悟が必要だということは分かっていた。ラブレターを認めた透子も、もちろん分かっていたはずだ。
それでも彼に想いを伝えたくて、彼の特別になりたくて勇気を振り絞った透子は、やっぱり遠山千怜にとって手に余る存在なのかもしれない。
私は透子から授かった気持ちと、自分のなかで育てていった想いを繋げながら、そっと胸に手を当てた。
「ごめん。でも、私は綾崎くんのことが好きだから」
透子の細い声で紡がれる、私たちの想い。
美人で、聡明で、人望もあって——共通点はあまりないと思っていたけれど、私、透子と同じ人を好きになったよ。
「……悲劇のヒロインかよ」
「一日中被害者ヅラして、そのケガで同情誘って、いいご身分だわ」
「でもさぁ、今ミチと一緒に居ないってことは、飽きられたってことじゃない?」
「キャハハッ、そうかも、ついに図太い本性見抜かれちゃったかなァ?」
そうね。確かに、もうひとつ透子との共通点をあげるとしたら、案外図太いところかもしれない——暗がりに反響する乾いた笑い声に、私はひとり冷めた感想を並べる。
主軸のセカイの千怜を消してまで、透子になり代わって綾崎くんの隣に居たいと願ったんだもの。図太くて、案外根性が据わっているのかもしれない。
「——飽きてねぇけど」
上から不機嫌そうな低い声が落ちたのは、逡巡の最中。私は声を上げる余裕もなく、目の前で青くなっていくカモタたちの表情を映し出し、そして背中に伝う体温を悟る。
とても温かくて、安堵が誘われる。しかし、後ろから抱き寄せられていることを理解した私は、斜め上を見上げて息を呑んだ。