「わざと優しいとこを隠しちゃうの、なんでだろ」
別に隠してねーよ。
わざとらしくぶっきら棒に言いながら、彼はふいっと目を逸らす。しかし西日が眩しかったのかすぐに横顔が戻ってきて、ほんのり染まった耳が垣間見えた。
「久我山くんだけじゃなくてさ、心優のことも、羽純のことも……綾崎くんは、一人一人をちゃんと見てくれてる」
「なにそれ、誉め言葉?」
「うん、誉め言葉」
「……別に、意識して見てる訳じゃねぇよ」
「きっと、人に興味があるんだね」
「普通だよ」
「ううん。きっと、絶対、物凄く」
—— “人間に興味があるから、教師やってるようなもんだし”
千怜に向けて放たれた十年後の彼の台詞を浮かべながら、高校生の彼を見据える。
レンズの奥の瞳がこんなにも綺麗だと知らなければ、私は帰りたいと思っていたのだろうか。
一日足らずですっかり馴染んだ髪を掬い上げると、差し込む夕日が反射した。
「自信満々だな」
流される視線に熱を持たせなければ、もう少しこのままで居たいと願わなかったのだろうか。
「自信はあるよ。だから——綾崎くんのことは、私が見ていたいの」
言ってしまった。
緊張に塗れた体は爪先まで熱を帯びて、気づけば立ち止まっている。彼はそんな私を振り返り、真剣な眼差しで貫いた。
「たとえば……そう、だな……綾崎くんが辛いときとか、悔しいときとか……言いたいことを言えないときとか——」
浮かべたのは、青鳴祭の前日、教壇に立って話す綾崎先生の表情。冷静を繕いながら、同級生である透子を亡くした事故を淡々と話す先生は、一体どんな思いでいたのだろう。彼女の形見を肌身離さず身に付けていた先生は、自分を責め続けていたのかもしれない。
——体育館に呼び出され、向かった先に居る透子の存在に気づくことができなかったから。
「だから、私が絶対見てるから。綾崎くんが見てくれるみたいに、私が……宮城透子が、綾崎くんを見てるから」
「なに泣いてんだよ」
言われて、はじめて自分の頬を伝う涙に気がつく。人通りが減っているタイミングで良かった、とムード違いなことを思う。
「え……」
正面から彼の手が伸びたのは、左の頬を擦った後。綾崎くんは右側を優しく拭いながら、眉を下げて笑みを溢した。
「俺が泣かしたみたい」
「う……うん、そうかも……」
「いや、そうなのかよ」
さっきの、ほとんど告白だったんだけど、気づいたかな。透子としては二度目になるんだっけ。中身が違うと、なんだか少し……悪いことをした気分だ。
「宮城」
「……ん?」
「いや……違うか」
細くなっていく声に、涙に塗れた視界を持ち上げる。辛うじてピントの合った瞳に映る彼の表情は、迷いと誠実さに満ちている。
「お前——本当は “宮城透子” じゃないんだろ」
え————……?
瞬間、水晶体に細かい亀裂が入ったかのように、私の視界はパキリと歪んだ。
別に隠してねーよ。
わざとらしくぶっきら棒に言いながら、彼はふいっと目を逸らす。しかし西日が眩しかったのかすぐに横顔が戻ってきて、ほんのり染まった耳が垣間見えた。
「久我山くんだけじゃなくてさ、心優のことも、羽純のことも……綾崎くんは、一人一人をちゃんと見てくれてる」
「なにそれ、誉め言葉?」
「うん、誉め言葉」
「……別に、意識して見てる訳じゃねぇよ」
「きっと、人に興味があるんだね」
「普通だよ」
「ううん。きっと、絶対、物凄く」
—— “人間に興味があるから、教師やってるようなもんだし”
千怜に向けて放たれた十年後の彼の台詞を浮かべながら、高校生の彼を見据える。
レンズの奥の瞳がこんなにも綺麗だと知らなければ、私は帰りたいと思っていたのだろうか。
一日足らずですっかり馴染んだ髪を掬い上げると、差し込む夕日が反射した。
「自信満々だな」
流される視線に熱を持たせなければ、もう少しこのままで居たいと願わなかったのだろうか。
「自信はあるよ。だから——綾崎くんのことは、私が見ていたいの」
言ってしまった。
緊張に塗れた体は爪先まで熱を帯びて、気づけば立ち止まっている。彼はそんな私を振り返り、真剣な眼差しで貫いた。
「たとえば……そう、だな……綾崎くんが辛いときとか、悔しいときとか……言いたいことを言えないときとか——」
浮かべたのは、青鳴祭の前日、教壇に立って話す綾崎先生の表情。冷静を繕いながら、同級生である透子を亡くした事故を淡々と話す先生は、一体どんな思いでいたのだろう。彼女の形見を肌身離さず身に付けていた先生は、自分を責め続けていたのかもしれない。
——体育館に呼び出され、向かった先に居る透子の存在に気づくことができなかったから。
「だから、私が絶対見てるから。綾崎くんが見てくれるみたいに、私が……宮城透子が、綾崎くんを見てるから」
「なに泣いてんだよ」
言われて、はじめて自分の頬を伝う涙に気がつく。人通りが減っているタイミングで良かった、とムード違いなことを思う。
「え……」
正面から彼の手が伸びたのは、左の頬を擦った後。綾崎くんは右側を優しく拭いながら、眉を下げて笑みを溢した。
「俺が泣かしたみたい」
「う……うん、そうかも……」
「いや、そうなのかよ」
さっきの、ほとんど告白だったんだけど、気づいたかな。透子としては二度目になるんだっけ。中身が違うと、なんだか少し……悪いことをした気分だ。
「宮城」
「……ん?」
「いや……違うか」
細くなっていく声に、涙に塗れた視界を持ち上げる。辛うじてピントの合った瞳に映る彼の表情は、迷いと誠実さに満ちている。
「お前——本当は “宮城透子” じゃないんだろ」
え————……?
瞬間、水晶体に細かい亀裂が入ったかのように、私の視界はパキリと歪んだ。