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 時刻は午後二時半。おやつ時だからか、廊下には食べ歩きをしている生徒や外部生、見学目的の中学生らで溢れている。
 <悪魔のような天使の救済> のおかげで閑散としていたあの廊下を少し恋しく思いながら、私たちはそこかしこに視線を散らした。

「……いねぇな」

 白うさぎの着ぐるみを探しながら、早くも十分が経過。しかし、二人がかりでも見つからず、私は綾崎くんと同じように息を吐いた。
 大きい着ぐるみは遠目からでも目立つし、人通りの多い廊下に出ればすぐに見つかると思ったのだけど、計算違いだ。

「どこかで入れ違いになってるかも。階段もいくつかあるし……」
「だな。もう一回下見てみるか」
「うん」

 先導しながら人波を掻き分け、道を作ってくれる彼の背中に付いていく。時おり振り向いて、付いてきているか確認する瞳が心を揺さぶって、その度に好きが溢れる。
 この十年後には“担任の先生”になってしまうなんて、セカイはとても世知辛い。……でも、もし。もし元のセカイに戻ることを選択しなければ、何の隔たりもなく同級生の私とあなたでいることが出来る——。

 “アレね、たぶんやきもちだよ”

 久我山くんが放ったほろ甘いフレーズに足を浮かせながら、彼の隣に並んで段差を下る。自覚するくらい弾んでいたせいか、ポケットから猫のマスコットが滑り落ちたのもそのときだった。

「あっ……」
「はい。宮城の(・・・)だろ」

 踊り場で高い背丈が沈み、落としたマスコットを拾い上げる。宮城の、と強調された言葉に胸が締め付けられるのは、私と透子の境界線がほとんど無くなってきているからかもしれない。

「うん……私の。ありがとう」

 綾崎くんは「ん」と短く返事をして、再び階段を下る。十年後には見ることの出来ない襟足を焼き付けながら、戻ってきた三毛猫のマスコットを握りしめた。
 ねえ、綾崎くん——私……このまま透子で居てもいいかな。

「いた……」
「え?」
「うさぎ、白うさぎ」

 恍惚としている隙に、綾崎くんは残りの段差を飛ばし、器用に一階のフロアへ着地する。反動でスカートがふわりと風を含んで、私は急いで裾を伸ばした。

「あ、綾崎くん……!」
「捕まえてくる!から、待っといて!」

 途切れ途切れに紡がれる言葉とは裏腹、彼は目を見張る速さで端の方へ消えていく。ほんの数秒前まで襟足に気を取られていた私は、急いで風の残像を追った。
 一階に降り立って廊下の先を見やれば、すでに事は収まっていて。対峙した白うさぎから “鍵” を受け取った綾崎くんが、こちらに向けて手を振っている。

『おい、あまり速度を上げて走るでない。ワタシは燃費が悪いと言っただろう』

 私は手を振り返しながら、足元で茹だる三毛猫の腹を見下ろす。
 彼が戻ってくる間にざらめの愚痴さえなければ、青春ロマンチックはいま最高潮を迎えていただろうに。

「なら、付いてこなくても良かったのに。ダイエットにもなって一石二鳥でしょう」
『ふん』

 ……まぁ、これも悪くないかな。
 空気の読めない案内役を一瞥した後、息を切らした綾崎くんを迎える。
 私は握りしめていたマスコットを大事にポケットに沈める。今度は彼の隣に並んで、オレンジ色の廊下を駆け抜けた。




「トーコー!!もうほんっとにありがと~!!」

 三年二組へ凱旋した私たちは、無事一着を勝ち取って羽純を救い、私の頬にはささやかなキスが寄せられた。

「なんか照れるね……」
「何言ってるの、アタシはトーコにしかするつもりなかったからね」