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 廊下から垣間見える、少し青みがかった昼光色の教室は、西日が入り込まないせいか他よりも閉塞感が漂っている。もしかして、ここで“イベント”をやっていると噂が立っていたから、この辺りの廊下は人通りが少なかったのだろうか。

「ごめんね、トーコちゃんまで付き合わせて……」
「ううん、大丈夫。それに、綾崎くんならきっと解いてくれるよ」

 クガヤマくんが「助っ人」として任命した綾崎くんは、いまその教室内に送り込まれている。

 <悪魔のような天使の救済>

 廊下からも窺える板書されたフレーズは、どうやらイベント名らしい。クガヤマくんから説明されたルールも、そのタイトルとしっかりマッチングしている。
 まず、与えられる問題は五問。難易度は高いけど、一問でも正解できれば、正当数に応じて特典を受けられる。一問正解者には消しゴム、二問正解者にはクリアファイル、三問正解者にはキャラ付箋……と言った具合に景品のレベルは上がっていき、全問正解者にはなんと——、

「完全に、追試免除に釣られたよ……」

 ため息と共にクガヤマくんから放たれる言葉に、思わず苦笑する。どうやら彼は捕まったというより、魅力的な景品に釣られたらしい。

「まさか、一問も正解できないと監禁されるとか、マジ悪魔でしょ」
「アハハ……確かに」

 天使の甘い罠に嵌まったクガヤマくんは、まさに悪魔を体感していたらしく、そんなときに綾崎くんを見つけて縋ったのだという。どうしても解けない場合、ルールの中で一度だけ許されている救済措置、いわゆる「替え玉制度」は、天使の救済そのものだ。
 私は扉の外側から、綾崎くんの健闘を祈った。

「本当、ミチが通りがかってくれて助かったよ。あいつ、成績いいからさ」
「科目は何を選んだの?」
「数学。俺は苦手なんだけど、免除してもらえるなら数学の追試がいいと思ってさ……」
「そっか。受ける科目が免除に繋がってるんだね」
「そうそう。でも、あいつならむしろ余裕でしょ」

 自分のことのように得意気で、八重歯を覗かせるクガヤマくんの横顔に笑みが零れる。

「信じてるんだね」
「トーコちゃんこそ、信じてるでしょ」
「うん。綾崎くん、嫌がってる感じだったけど、実際はそんなことないと思う」
「え、そう? めちゃくちゃキレてたよ?」

 クガヤマくんが彼を教室に押し込んだときには、確かに「ふざけんな」と睨みを効かせていたけれど、本当に助っ人になりたくなかったら否応なく突っぱねるはず。彼はそういう人だ。
 もし怒っているように見えたとしたら、それは暗号の件に心を急いているからだろう。

「大丈夫。それに、これが解けたらきっと機嫌も良くなると思う」

 暗号の紙を再び開いて、正面に翳す。クガヤマくんも同じ方向に視線を向けて、首を捻った。

「なにこれ?」
「暗号。これを解いて、犯人を見つけ出さなくちゃいけないの」
「え、ああ……どっかの出し物か。もしかして、ミチも一緒に?」
「うん。綾崎くんも協力してくれてる。まだ全然解らないんだけど……急がなきゃ」

 数字に記号、この四つの区分け——目を凝らして一点に集中しているときには解らなかったけれど、こうして遠目に全体を見てみると何かに見えてくる。
 目蓋を閉じ、もう一度持ち上げる。……何かが見えそうで、やっぱり見えない。

「へぇ……ミチが付き合うなんて珍しいな」
「綾崎くん、意外と優しいんだよ」
「それは、トーコちゃんがミチを好きだからそう見えるんだって。あいつ、結構スパルタだからね?」