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<ミゾウチ博士の遺言状 ~幽閉された姫を救いだせ!>
暗幕で日の光を遮断し、黒塗りされた段ボールに囲まれる教室内には天井から吊るされたランプが点り、黒板に描かれたタイトルを映し出す。さすが三年生の出展というだけあって作り込み具合が違うが、タイトルの副題は“たった今さっき”追記されたような粗雑さが垣間見えた。
「姫を救いだせ、って……絶対さっき書き足されたやつだよね」
「だな」
招待にあずかった私と綾崎くんは、謎解き(第二部)に集った約二十名の“助手”らと一緒にゲームの説明を聞いている。参加の証として手渡された黄色の腕章には、丁寧にも『ミゾウチ博士の助手』と書かれていた。
ちなみにミゾウチ博士というのは、この三年二組の担任である溝内先生から拝借したらしい。ゲームのストーリーを聞く限り、博士は何者かに殺害されてしまう役回りなのだけど、果たして良かったのだろうか。
「というわけで!助手となった皆さんには、博士を襲い、その現場を目撃者である姫を幽閉した犯人をこの校内から探してもらいます。これはそのヒント、つまり——博士の書いた遺言状です。ああ、でもスタートの合図があるまで開かないでくださいね」
壇上で大方の説明を終えたオリ先輩は、一組ずつ封筒を配布する。私たちの元へ訪れた彼女は、
「姫には感謝しないとね」
と薄い笑みを浮かべる。それは言葉通りの感謝よりも挑発の意を含んでいる気がしてならない。
しかし、羽純を幽閉された姫役に回して彼女を救出するというロマンチックなストーリーを盛り込んだことは、確かに功を奏していた。なぜなら、私以外の参加者は漏れなくすべて男子だからだ。
「そして……!謎を一番に解き、姫を救出した助手にはなんと——姫からのステキなご褒美が待っています!」
再び壇を上り、溌剌と周りを掻き立てるオリ先輩を見据えながら、むしろ感心すら覚える。「一等賞に姫から頬へのキスが待っている」と客引きに使った宣伝文句は、彼女の放つ一言でさらに現実味を浴びせたのだろう。
極めつけには、羽純が“幽閉”されている様子が先輩方の手で露になった。
「羽純……!」
「うぅぅ……トーコー……」
二つばかり机を重ねて暗幕を掛けた簡易な造りだけど、その向こうで嘆く可憐な少女は衣装も相まって、まさに健気な姫さながらだ。
それにしても、この短時間でどうやって衣装を手に入れたのだろう。……もしかしたら、どこかの劇から掻っ払ってきたのかもしれない。オリ先輩ならやりかねない。
「……私が、早く解かないと」
萎れたポニーテールに胸が絞られるのと同時に、唇を強く噛み締める。
「ああ。だな」
隣で同じ志を持った彼が頷くと、スタートのベルが鳴り響く。私は頼りがいのあるその瞳を見上げ、暗号の封を切った。