「俺の話はいいです。それより、矢澤への制裁ってなんですか?」

 痺れを切らした綾崎くんが問うと、オリ先輩はにやりと口角を持ち上げる。そのとき、羽純のポニーテールはすっかり萎んでいるように見えた。

「そうね、よくぞ訊いてくれたわ。矢澤への制裁は“景品”になってもらうことよ」
「「……景品?」」

 復唱したのは、綾崎くんと私だけ。羽純はすでに内容を聞かされているようだ。

「私のクラス、三年二組で主催している『ミゾウチ博士の遺言状』の一等賞になってもらうのよ。暗号を解き、一番に犯人を見つけ出した人物にはなんと……」
「なんと……?」
「“矢澤からのほっぺキス”が贈られる、ってワケ」
「き、キス……?!」

 縮こまった羽純に視線を向けると、彼女は頬を赤く染める。しかし、オリ先輩は語尾にハートマークを散らして、悪びれる様子は全くない。
 これが本来の私がいる十年後の学祭だったら、企みが発覚した時点で厳しい罰則がなされそうだ。……そもそも、この“景品”自体が罷り通っている保証はどこにもないのだけれど——。

「なるほど。解りました」

 衝撃的な発想に混乱していると、低音が冷静に頷く。

「え……綾崎くん……?」

 解りました、って……え?本当に解ってる?
 私は頷いた彼を見上げながら、羽純の肩を再び擦る。もう諦め半分といった様子の彼女は、いつの間にかオリ先輩から手首を解放されていた。
 ——それにしても、

「綾崎くん、ダメだよそんなの。だって、」
「大丈夫だから」

 焦る私とは裏腹、こちらに流された彼の視線はやはり冷静で、行き場のなくなった言葉を呑むことしか出来ない。しかし、その眉を少し下げた笑みに見つめられると、本当に「大丈夫だ」という気がしてしまうのだから困ったものだ。
 再びオリ先輩と対峙する綾崎くんの背を、私はなんの根拠もなく、ただ恍惚と見つめていた。

「その謎解き、ぜひ俺たちにも(・・・・・)参加させてください」