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その少女を見たとき、私は何故か既視感を覚えた。
「羽純おばちゃん、ひさしぶり」
丸い襟のついたワンピースを纏い、折り目正しく挨拶をした可愛らしい少女は、教室の前で丸い棒つき飴を舐めていた。
「お姉ちゃん!——と、ユウキ!」
「えっ、」
ユウキ——……?
羽純のお姉さんとその娘なのだろう。二人に駆け寄る羽純を一瞥して、再び少女を見据える。思わず声がはみ出した私の隣で、綾崎くんは「ああ、ユウキちゃん」と微笑んだ。
もしかして知り合い? いや、もしかしなくても……。
「ユウキ~、羽純おばちゃんって言うのやめようかぁ、ねぇ~?」
「でもおばちゃんでしょ?親戚のおばちゃんだって、ママが言ったもん」
「……お姉ちゃん、陰湿な嫌がらせやめて」
案内役——案内役のサボり猫はどこに行ったのよ。
辺りを見回すと、したり顔の猫が隣で私を見上げている。『まったく仕方ないにゃあ~』と余計な語尾がくっついたことで、私は少女の正体を悟った。おそらくこの子は——、
『お前のかつての同級生、ナガシマ ユウキだにゃ~。ハスミの姪にあたるが、トウコともミチルとも面識があるにゃ~』
やっぱり。助かったわ、ありがとう。でもお願い、その語尾はもうやめて。美人しかやったらいけないって、知ってる?
「友希ちゃん、こんにちは」
腰を屈めて微笑むと、小さな永島友希は笑窪の彫られた頬を緩ませる。彼女は小さい頃から器量が良かったようだ。
「こんにちは、トーコちゃん。それにミチルくんも」
「こんにちは」
呼ばれた綾崎くんも、同じ位置に屈んで友希に微笑む。その隣で姉と話していた羽純は「なんで二人は普通なの?!」と、おばちゃん呼びを根に持っていた。
そして同時に「ミチルくん」と彼を呼ぶ友希の姿が、現代の勇気凛々に紐付いていく。
—— “私は信頼できると思うなぁ~、綾崎先生”
彼女が自信ありげにそう放っていた訳を、いま目の前で知らされる。十年前の、少し舌足らずな少女の瞳に、“ミチルくん”はさぞ格好良く映っているに違いない。
「綾崎くん、友希ちゃんと仲良しなんだね」
思わず滑り落ちたのは、十年後の浅羽高校で副会長を務めあげる少女の、清廉な姿を知っているからだろうか。それにしても、なんだかとても皮肉っぽい。
言ったあとで、私は罰が悪くなった。
「まあ、イベントごとで会うくらいだけどな」
「友希はミチルくんに会いたくて来てるんだけどね」
「んぐっ」
綾崎くんと私と、どちらから溢れた音か分からない。でも、私たちは確かに不意を突かれた。小さい頃から聡明で、どこか狡猾そうな少女に。
「もー、友希~。綾崎はダメだって言ったでしょう?」
言葉に詰まった私たちを置いて、羽純が上から覗き込む。しかし、さすがは永島友希。こんなんじゃあ堪えない。
「“としのさ” なんてカンケーないもん。友希はイケメンが好きだから」
「それでもダメ!」
「なんでよ。トーコちゃんが好きだから?」
「「えっ?」」
脇でククッと笑いを堪えきれていないのは、少女の癒しであるデブ猫だ。嗅覚が良いところも、十年前の少女から引き継がれたものらしい。
私と羽純は見開いた目を合わせ、こちらから目を逸らす綾崎くんは隣で静かに息を吐く。しかし、少女の嗅覚はさらに過敏なものだった。
「ゆ、友希ちゃんっ、あのね私は……」
「——でも、あなたって本当にトーコちゃん?」
その瞬間、堪える気のない猫の笑い声も呼び込みに塗れた廊下の喧騒も、すべてが無に帰する。
「…………え?」