「ちなみに、さ……学祭って、もう一緒に回る人とか決まってたりすんの?」
「へ?」
「あー、いや……そりゃ決まってるよな。いっつも女子たちで学祭のこと話してるし、」
急な転換に私は戸惑う。これまで溌剌としていた彼の口調も、なんだか歯切れが悪かった。
「たぶん佳子たちと回るけど、約束してるとか決まってるわけじゃない、かな……」
「えっ、マジで?!」
爛々と輝く瞳。瞬間、彼によって手放された箒の柄が落とされ、カンカンッ!とアスファルトに音が弾ける。続く言葉がなんとなく分かって、私は恐る恐る顔を持ち上げた。
「なら、俺と一緒に回るとか……どうかな? さすがに無し?」
「え……無しっていうか、どうして急に——」
「そりゃあ、遠山のことが気になってるからだよ」
あ、やべえ……普通に言っちゃった。と、気まずそうに後頭部を掻く田淵くん。こちらをチラチラ窺う、不安と期待を孕んだ視線に、彼のキャラクターがまた一つ追加された。
“いつもは明るく人気者だけど、実はシャイでおっちょこちょいな一面も”
男女構わず彼の周りに人が集まるのは、そういう個性に基づいているのだろうか。事実、その器量の良い顔が赤らんでいるのを前にした私の心も、分かりやすく揺らいでいる。
あまり話す機会は無かったのに、自分のことを「気になっている」と認識してくれていることも、その綺麗な双眸に私の表情だけが映されていることも、なんだか嬉しかった。
「……なんで、気になるの?」
だから知りたかった。期待だけを孕んだ瞳で、私は訊いた。
「いや……『スミス』の話もそうだけど、遠山って周りの女子とはなんか違うっていうか……。簡単には流されないその感じが、いいなーって。映画の話とかももっとしてみたいし——」
ああ……そうよね。そりゃあ、そうよね。
聞き入れながら、自分の視界が次第にグレーアウトしていくのが分かった瞬間、彼の言葉は半端なところでチャイムの音に遮られる。しかし、もっと聴いてみたいとは微塵も思わなかった。
私は、なんて勝手な人間なんだろう。
彼が興味を注いでいた自分はいわゆるフィクションの私で。個性を必死で繕った今の遠山千怜で。彼の綴った「周りに流されない」キャラクターで認識されようとしてきたはずなのに、なぜか落胆してしまった。
田淵くんには「考えておく」として、返事を先延ばしにしたときの私の表情は酷いものだったと思う。見かけによらずシャイな彼のことだから、「話さない?」と言ってくれたときも存分に勇気を振り絞ってくれたに違いない。もしかしたら映画の話すら前置きで、文化祭の件が本題だった可能性も捨てきれない。
考えれば考えるほど、私は仮面の内側に在る私に辟易した。
——だから、バチが当たったのかもしれない。
文化祭まであと三日!
黒板の端に、数色のチョークで彩られる文字が一層派手になった今日この頃。百田佳子をはじめとする数人の女子は、私を“存在しない者”として扱うようになっていた。
✦
彼女たちとは、元から親友だなんて言葉を宛がう関係ではなかったし、本心を晒け出せるほどの絆もなかった。
しかしそう思っていたのは——否、そんな溝が存在していたのは、私と彼女たちの間だけだったらしい。
「うちらのクラスって、マジで出し物地味じゃない? なによアンケートって」
「へ?」
「あー、いや……そりゃ決まってるよな。いっつも女子たちで学祭のこと話してるし、」
急な転換に私は戸惑う。これまで溌剌としていた彼の口調も、なんだか歯切れが悪かった。
「たぶん佳子たちと回るけど、約束してるとか決まってるわけじゃない、かな……」
「えっ、マジで?!」
爛々と輝く瞳。瞬間、彼によって手放された箒の柄が落とされ、カンカンッ!とアスファルトに音が弾ける。続く言葉がなんとなく分かって、私は恐る恐る顔を持ち上げた。
「なら、俺と一緒に回るとか……どうかな? さすがに無し?」
「え……無しっていうか、どうして急に——」
「そりゃあ、遠山のことが気になってるからだよ」
あ、やべえ……普通に言っちゃった。と、気まずそうに後頭部を掻く田淵くん。こちらをチラチラ窺う、不安と期待を孕んだ視線に、彼のキャラクターがまた一つ追加された。
“いつもは明るく人気者だけど、実はシャイでおっちょこちょいな一面も”
男女構わず彼の周りに人が集まるのは、そういう個性に基づいているのだろうか。事実、その器量の良い顔が赤らんでいるのを前にした私の心も、分かりやすく揺らいでいる。
あまり話す機会は無かったのに、自分のことを「気になっている」と認識してくれていることも、その綺麗な双眸に私の表情だけが映されていることも、なんだか嬉しかった。
「……なんで、気になるの?」
だから知りたかった。期待だけを孕んだ瞳で、私は訊いた。
「いや……『スミス』の話もそうだけど、遠山って周りの女子とはなんか違うっていうか……。簡単には流されないその感じが、いいなーって。映画の話とかももっとしてみたいし——」
ああ……そうよね。そりゃあ、そうよね。
聞き入れながら、自分の視界が次第にグレーアウトしていくのが分かった瞬間、彼の言葉は半端なところでチャイムの音に遮られる。しかし、もっと聴いてみたいとは微塵も思わなかった。
私は、なんて勝手な人間なんだろう。
彼が興味を注いでいた自分はいわゆるフィクションの私で。個性を必死で繕った今の遠山千怜で。彼の綴った「周りに流されない」キャラクターで認識されようとしてきたはずなのに、なぜか落胆してしまった。
田淵くんには「考えておく」として、返事を先延ばしにしたときの私の表情は酷いものだったと思う。見かけによらずシャイな彼のことだから、「話さない?」と言ってくれたときも存分に勇気を振り絞ってくれたに違いない。もしかしたら映画の話すら前置きで、文化祭の件が本題だった可能性も捨てきれない。
考えれば考えるほど、私は仮面の内側に在る私に辟易した。
——だから、バチが当たったのかもしれない。
文化祭まであと三日!
黒板の端に、数色のチョークで彩られる文字が一層派手になった今日この頃。百田佳子をはじめとする数人の女子は、私を“存在しない者”として扱うようになっていた。
✦
彼女たちとは、元から親友だなんて言葉を宛がう関係ではなかったし、本心を晒け出せるほどの絆もなかった。
しかしそう思っていたのは——否、そんな溝が存在していたのは、私と彼女たちの間だけだったらしい。
「うちらのクラスって、マジで出し物地味じゃない? なによアンケートって」