ああ、そうだ。私、皆には「このアーティスト推してるんだ」って拘りを纏っていたけれど、本当は結構曖昧なんだ。好きなアーティストがステータスになると踏んで、作らなければいけないような気がして繕っていた。
「……宮城?」
あの日の人生相談が皮切りになったのか、彼を前にすると本音が零れるようになっているのだろうか。それまで繕っていたことすら忘れていたなんて……本当に厄介な性格だ。
中途半端にフリーズした後、首を傾げる彼に問い掛ける。
「綾崎くんは、音楽が好き?」
愚問かもしれない。それでも彼は、軽く流すことなく頷いた。
「好きだよ。俺も、宮城と同じ曲好きだし」
「そっか、なんか嬉しい。……それに、すごいな」
「すごい?」
「好きなものを好きだって、真っ直ぐ言えるところも。それを形にできることも」
「宮城もそうじゃん」
「……え?」
「宮城も、劇の脚本書きたいって言って、書いて形にしただろ」
すいません、水ください。
ピンクのストライプを纏う店員係に頼んだ後、事も無げに「そっちこそ、すげぇじゃん」と口角を持ち上げる彼。向けられたその笑みから、私は初めて目を逸らす。そして愛想笑いを返しながら、グラスに注がれる細い水を眺めていた。
「うん……そうかも、ね」
私ではない宮城透子は、きっと好きな物にも好きな人にも正直で、真っ直ぐ向き合うことのできる女の子。——存在感に囚われて、本当に好きなものを見失いかけた、愚かな遠山千怜とは違う。
「まぁでも、たまに怖いよな」
俯いていた顔を持ち上げると、綾崎くんはまだ頬杖を突いている。表情を変えず淡々と割られる唇は、再び小さく動いた。
「好きだって言うの、俺は怖い」
「……え?」
「だから本当は、バンドも乗り気じゃなかった。やり始めたらそれって、もう音楽好きの代名詞になんじゃん」
「う、ん……?」
「曝け出す勇気みたいなもんは無くって、最初は周りの反応ばっか気にしてた」
彼の後ろが少し騒がしい。自分のクラスの宣伝のためか、プラカード隊が店のなかに入ってきたところを注意されている。声のボリュームは次第に増していく。しかし、彼は意識を漏らさずにこちらを真っ直ぐ見つめたままで、私はその瞳に呑まれてしまいそうだった。
「……じゃあ、どうしてやろうって思ったの……?」
訊ねると、心なしか正面の瞳が細められる。
「クガヤマに背中押されたからな」
「クガヤマくん?」
「『周りって誰だよ』『伝えたい奴に伝わればいいじゃん』って。悔しいけどその通りだよな」
あいつバカなのに、たまに良いこと言うんだわ。と彼は続けて、ようやく後ろの喧騒を振り返る。
青空廊下では盛大に膝蹴りをお見舞いしていたのに、実は仲良しなんじゃん。ツンデレが浮かぶその背中に、私はこっそり笑みを漏らした。
「じゃあやっぱり、透子はすごいな……」
「……ん?」
こちらへ向き直ったツンデレに、首を振る。
「鍵を掛けっぱなしじゃ、宝物も可哀想だよね」
コテコテに着色された私の宝箱のなかには、何が入っていたんだっけ——。
思い伏せながら笑みを浮かべると、綾崎くんは「なんだそれ」と首を捻った後で一思いに水を呷る。
「そろそろ行くか」
そして立ち上がったかと思えば、プラカード隊の一人の肩をペシンッと叩いたので、椅子を引いた私は目を見張った。どうやら、彼の知り合いらしい。
「人様の店で迷惑掛けんな、アホ」
「み、ミチ先輩……!」
「すいませんでした。こいつらは追っ払っとくんで」