「……女子らしくない、よね」
「いいんじゃねぇの、別に」
「社交辞令だ」
「そんなんじゃねーよ」

 先生はひとつ息を吐いて言った。

「らしくなくても、宮城はどっから見ても女子だから。……まあ、この世の大多数からすれば」

 語尾に付け加えられた壮大っぷりに、思わず笑い声が溢れ出す。

「そこは『俺からすれば』の方が良かった」
「……注文すんなよ」
「うん、ごめんね」

 今このセカイで唯一、現代の遠山千怜と出会う人物だからだろうか。綾崎くんの前だと肩の力が抜けて、表情が軽くなる。たとえ、彼の瞳に映されているのが本来の私ではなくても、他愛の無い会話も真っ直ぐに捉えてくれる誠実さが嬉しかった。
 もしもここに居るのが本物の透子だったら——存在しない“過去のセカイ”を浮かべて、しかしすぐに丸めてパンケーキと一緒に呑み込んだ。

「……綾崎くんは、ライブで楽器を弾くの?」

 クガヤマくんの誘いを思い出して訊ねると、彼は放り込んだバナナを喉に詰まらせてしまったようで、軽く咳き込む。「え、大丈夫?」と覗き込むと大きな左手が突き出されて、真っ赤に染まった顔が見えなくなってしまった。

「綾崎くん?……ねえ、ほんとに大丈夫?」
「ああ……。急すぎてびっくりしただけ」
「急かな?」
「急だろ」

 落ち着いたのか、ようやく手を下ろして喉へ水を流し込む。直後、こちらに流された瞳を見つめ返した。

「だって知りたかったから。クガヤマくん、気になるようなこと言うし……バンド、やってるんだよね?」

 率直に訊ねると、彼はなぜか軽く首を傾げた後で眉を顰める。……何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。喉を一つ鳴らして緊張の糸を張ると、彼はようやく縦に頷いた。

「やってる。ギター」

 端的な返答ではあったけど、皿から生クリームを細かく掬い上げて頬張る、可愛い仕草に安堵する。私は思わず前のめりになった。

「えっ、ほんと?すごいね!え、歌う?歌は歌うの?」
「……なんで宮城がそんな嬉しそうなんだよ」
「え……だって——」

 綾崎先生からは想像できないし。
 脳裏に浮かんだ文字列を分解して、建て直す。咄嗟に口から放られたのは「私も、音楽好きだから」という何の捻りもない回答。しかし、それは綾崎くんの表情を和らげた。

「ふーん。何が好きなの」

 いつの間に食べ終えたのか、頬杖を突いて向けられる瞳に現代の先生が紐付けられる。ほんのり、微かに上下する眉に脳がクラリとした。

「えっと……『小さな恋のうた』とか、『君と羊と青』とか……」
「ああ、うん。分かるわ」
「ほ、ほんと?」
「ふっ……でも、好きなアーティスト言われんのかと思ってた」

 少し開いた唇の隙間から、彼の吐息と笑みが零れる。挑発めいた笑みは現代で何度も拝んだことはあったけど、このあどけない感じは初めてで、再びとても心臓に悪い。
 ……ねえハスミ、綾崎くんは『仏頂面で愛想なんてまるで無し』ではなかったよ。

「だ、だって……私本当は(・・・)広く浅くっていうか——」