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 オープニングが行われる二階の青空廊下は、想像通りギッチギチで、限界まで生徒を詰め込んで決行された。
 一番後ろに整列させられた私は、高い柵に背を凭れないように肩を竦める。実は軽度の高所恐怖症を患っていて、青空廊下でお昼を食べる際にはいつも、中心の広場を早くに押さえていた。

 十年前にいるのに、現代の出来事がなんだかひどく懐かしい。端的に終えられた開会の言葉に続いて、吹奏楽部による『宝島』の演奏がさらに懐かしさを引き立てる。現代の私にとっても学祭は一年ぶりなのだから、当たり前だ。
 次に続く校長の長いスピーチは、事故の影響があってか想像以上の尺を使っている。後ろを気にしながら、私は校長の口から何度も飛び出すフレーズに首を傾げていた。

「今年で第二十一回目の開催となる茜鳴祭(せんめいさい)は——」

 見慣れた“青”の代わりに“茜”が宛がわれた学祭の通称。いや、むしろ茜の方が先で、十年の間に青へ移り変わったと言った方が正しい。ネーミングは決してどちらも悪くないけど、どうしてわざわざ変えたんだろう。

「トーコちゃんっ」
「っ……?!」

 まだ話が続いているなか、不意に肩を叩かれて思いきり息を吸い込む。声を出さなかっただけ及第点。しかし、肩を叩いた男子生徒はクツクツと喉を鳴らして笑っていた。

「ごめんごめん、そんな驚くと思わなくてさ」

 ブラウンに染められた髪と、八重歯の覗いた顔が特徴的な男子生徒。学ランの隙間から覗くパーカーは、透子の鞄に入っていたものと同じえんじ色のクラスパーカーだった。
 クラスメートなのか、と理解した後でとりあえず笑みを浮かべる。とはいえ、誰なのかはもちろんさっぱりわからないし、頼みの三毛猫も姿は見えない。

「昨日、大丈夫だった? 頬は火傷?」

 ガーゼで覆った箇所を指されて、小さく頷く。

「でも他は全然異常ないし、大丈夫。心配しないで」
「そっか、なら良かったー」

 八重歯を見せて人懐っこく笑う彼は、どこか田淵くんを連想させる。心配してくれる気持ちは有り難いが、正直この場では目立ちたくない。ただでさえ今日は“被害生徒”としての注目を浴びやすいので、私は顔を隠すように俯いた。
 なんだか、こういうところも田淵くんと少し似ている。きっと、佳子が好きなタイプだ。

「ね。実は今日俺らのバンド、ライブやんだよねぇ~」
「へ、へぇー……そうなんだね」
「視聴覚室、午後四時からね」
「え?」
「トーコちゃんのお眼鏡にも絶対かなうからさぁ、来てよ~」

 ね? と顔を覗き込まれながら、掬い上げられる私の髪。俗的な言葉で言えば、彼はとてもチャラい。
 彼の特性を掴みながら、うんともすんとも言わずに目を逸らす。正直言って、異性に触れられる免疫など無いに等しい私は、オロオロと目を泳がせていた。

「絶対たのしいから。あ、ちなみに俺はベースね。超かっこいいよ」
「あはは……」
「で、ミチは——」
「おい終わったぞ、そこのナンパ男」

 その声が割って入ったのは、ベースの彼が勧誘に拍車をかけていた頃合い。割り込み主は後ろから膝蹴りをかましたらしく、ベースくんは「ぐぇっ」と不格好な声で背を押さえていた。

「っ、何すんだよミチ!」

 —— “ミチ”。 心の中で復唱しながら、視線を持ち上げた先の人物に胸を撫で下ろす。彼は安心感を背負ったような声で、「大丈夫か?宮城」と私を捉えた。