私は愛想笑いを貼り付けながら適度に手を振る。返されるのはそれを何倍にもした大振りで、写真で見るよりも弾けた性格をしていそうだった。証拠に「はーやくー!」と放たれる彼女の声は、数十メートルの道のりをいとも容易く突き抜ける。
近隣住民から苦情は来ないのだろうか。少し心配だ。いや、いまはそれよりも……。
「ざらめっ、あの子の名前は、」
『何故ワタシが教えてやらんといかんのだ』
「っ、 案内役なんでしょあんた、仕事してよ!」
『ハァ、仕方ない。真剣に願いを請えば教えてやろう』
出来るだけ歩幅を縮めながら、蕨のようにグルリと曲がった尻尾を睨む。
背に腹は代えられない。何様よ。その二つを同時に背負った私は、後者を捨てて手を合わせた。本当に、どこまでも生け簀かない猫である。
「お願いします。ざらめさん、教えてください」
『ふん。まあいいだろう。娘は“ヤザワ ハスミ”という名で、トウコのクラスメートだ。トウコは“ハスミ”と呼んでいて、特徴はそうだな、兎に角やかましい』
最後の一言はかなり失礼ね。もし私がざらめの特徴を述べるとすれば “奇怪” “高慢” “ふてぶてしい” の三拍子よ。と、脳裏に並べる。そのうちにヤザワ ハスミに近づいて、私は「おはよう、ハスミ」と再び頬に笑みを乗せた。
色々不満を並べたけれど、ざらめさんの言うことに間違いはなかったらしく、彼女は何の疑いもなく私の腕に巻き付いた。
「おはようトーコ、昨日は大丈夫だった? 大きな怪我なくてほんと良かったよ~」
学校から保護者に渡った『校内で発生した火事について』、そして『学園祭の実施について』と記されたメールは、大きなハレーションを生まないために被害生徒の軽傷具合についても触れていたので、ハスミがそう言うのも不思議ではない。
昨晩、学校サイドから両親宛に電話があったので、私もその内容を知らされていた。それに、もしメールがなくてもほとんどの生徒は事故について把握しているはずだ。
未だ傷跡にガーゼを添えられた頬を、私は指でそっと撫でた。
「心配ありがとう。大丈夫だよ。それより、前夜祭と外の出店が無くなっちゃって、寂しいよね」
「それもそうだけど、アタシはいまトーコと居られるのが嬉しいよ~」
「私も嬉しい。学祭も、ちゃんと開催されるしね」
火事の原因となった屋台は急遽廃止となり、もちろん昨晩予定されていた前夜祭は中止。しかし、懸命な消火活動と先生たちの尽力によって、学祭は予定を一部変更しながらも開催される方向で話は進んでいた。——という説明が、昨日の時点で生徒に向けてもあったらしい。家に送ってもらう道中で綾崎先生から聞いた話だ。
それと、彼が『学祭』と発していたところを見るに、『青鳴祭』と呼ぶ風習はやはり教師になってから叩き込まれたものなのだと確信した。
「体育館には入れないから、オープニングは青空廊下でやるんだって。トーコ知ってた?」
腕から離れてもなお距離の近いハスミは、良い香りを漂わせながら覗き込む。透子よりも背が低く、揺れるポニーが愛らしい。横で塀を歩く三毛猫の尻尾よりもずっと愛らしい。
「ううん、知らなかった。入るかな?全校生徒」
「ギッチギチじゃない? でも、ちょっと良いよね。アタシ青空廊下好きだしっ」
「うんっ、分かる!私も好き」
「アハハッ、知ってるよ~。だって透子、いっつもお昼のとき青空廊下でって誘うんだもん」
「あ、ああ~、そっかぁ……」
近隣住民から苦情は来ないのだろうか。少し心配だ。いや、いまはそれよりも……。
「ざらめっ、あの子の名前は、」
『何故ワタシが教えてやらんといかんのだ』
「っ、 案内役なんでしょあんた、仕事してよ!」
『ハァ、仕方ない。真剣に願いを請えば教えてやろう』
出来るだけ歩幅を縮めながら、蕨のようにグルリと曲がった尻尾を睨む。
背に腹は代えられない。何様よ。その二つを同時に背負った私は、後者を捨てて手を合わせた。本当に、どこまでも生け簀かない猫である。
「お願いします。ざらめさん、教えてください」
『ふん。まあいいだろう。娘は“ヤザワ ハスミ”という名で、トウコのクラスメートだ。トウコは“ハスミ”と呼んでいて、特徴はそうだな、兎に角やかましい』
最後の一言はかなり失礼ね。もし私がざらめの特徴を述べるとすれば “奇怪” “高慢” “ふてぶてしい” の三拍子よ。と、脳裏に並べる。そのうちにヤザワ ハスミに近づいて、私は「おはよう、ハスミ」と再び頬に笑みを乗せた。
色々不満を並べたけれど、ざらめさんの言うことに間違いはなかったらしく、彼女は何の疑いもなく私の腕に巻き付いた。
「おはようトーコ、昨日は大丈夫だった? 大きな怪我なくてほんと良かったよ~」
学校から保護者に渡った『校内で発生した火事について』、そして『学園祭の実施について』と記されたメールは、大きなハレーションを生まないために被害生徒の軽傷具合についても触れていたので、ハスミがそう言うのも不思議ではない。
昨晩、学校サイドから両親宛に電話があったので、私もその内容を知らされていた。それに、もしメールがなくてもほとんどの生徒は事故について把握しているはずだ。
未だ傷跡にガーゼを添えられた頬を、私は指でそっと撫でた。
「心配ありがとう。大丈夫だよ。それより、前夜祭と外の出店が無くなっちゃって、寂しいよね」
「それもそうだけど、アタシはいまトーコと居られるのが嬉しいよ~」
「私も嬉しい。学祭も、ちゃんと開催されるしね」
火事の原因となった屋台は急遽廃止となり、もちろん昨晩予定されていた前夜祭は中止。しかし、懸命な消火活動と先生たちの尽力によって、学祭は予定を一部変更しながらも開催される方向で話は進んでいた。——という説明が、昨日の時点で生徒に向けてもあったらしい。家に送ってもらう道中で綾崎先生から聞いた話だ。
それと、彼が『学祭』と発していたところを見るに、『青鳴祭』と呼ぶ風習はやはり教師になってから叩き込まれたものなのだと確信した。
「体育館には入れないから、オープニングは青空廊下でやるんだって。トーコ知ってた?」
腕から離れてもなお距離の近いハスミは、良い香りを漂わせながら覗き込む。透子よりも背が低く、揺れるポニーが愛らしい。横で塀を歩く三毛猫の尻尾よりもずっと愛らしい。
「ううん、知らなかった。入るかな?全校生徒」
「ギッチギチじゃない? でも、ちょっと良いよね。アタシ青空廊下好きだしっ」
「うんっ、分かる!私も好き」
「アハハッ、知ってるよ~。だって透子、いっつもお昼のとき青空廊下でって誘うんだもん」
「あ、ああ~、そっかぁ……」