「あの……綾崎、くん……?」

 この呼び方で合っているのかビクビクしながら覗き込む。透子の性格をまだしっかり掴めているわけではないが、名前で呼ぶような間柄ではなさそうだ、というのが私の見解。

「なに?」

 それは、驚く様子のない先生の表情を見て確信と安堵に変わる。

「どうして、体育館に来てくれたの?」

 無難に話を転換させるように続けると、彼は怪訝そうな瞳でこちらを見据えた。

「どうしてって……宮城が呼び出したんだろ」
「え?」
「ほらコレ。……もしかして悪戯だった?」

 学ランのポケットから取り出した白い封筒を、先生は私に差し出す。表面には小さく綺麗な字で『綾崎充さま』と書かれており、中には一通の手紙が入っていた。
 開いた数秒後。そう長くはない文章だったので息をする間に全文を読み上げ、しかし見開いた瞳でもう一度文字を辿った。


 綾崎くんへ
 こんにちは、同じクラスの宮城です。いきなりの手紙になってしまうことを、そして突然の告白になることをお許しください。
 私は、前からずっと綾崎くんのことが好きです。二年になって、同じクラスになれたときはとても嬉かった。

 でも、綾崎くんはまだ私のことをよく知らないと思うし、判断がつかないかと思います。
 なので良ければ学祭の一日目を、私と一緒に過ごしてくれませんか? お返事への判断材料にしてください。

 もし提案を受け入れてくれるのなら、明日の放課後、体育館に来てください。待っています。
(二年一組 宮城 透子)



 ——透子の好意は可能性の段階ではなく、すでにハッキリ知られていたらしい。
 私は手紙で顔を隠したまま、大きく深呼吸をした。生まれてこの方、告白なんてしたことがないのに、まさかこんな形で経験値を得るなんて。
 ……いや、それよりも——十年前の透子は体育館で先生を待っていたから、火事に巻き込まれて亡くなってしまったのだろうか。……いや、きっと少し違う。それなら“今の透子”である私はすでに居ないはず。つまり、当時の透子はあの棺に入ったまま、脱出することができなかったんだ。

  “おいチサト!目を覚ませ!さもないと焼け焦げるぞ——!”

 私が助かったのは、ざらめが深い眠りから覚ましてくれたからだ。眠りに就いて亡くなってしまった透子のことを知っていたから、ああして私を叩き起こしたんだ。
 あのまま温泉に浸かる夢を見続けていたら。そう考えると、火照った顔の温度が徐々に冷めていった。

「やっぱ悪戯?」

 顔を隠したままの私を横目に、先生は眉を下げて微笑みを携える。恥ずかしいことこの上ないけれど、アンレコード(このセカイ)では亡くなってしまった透子の想いを無下にするわけにはいかなかった。

「ううん……悪戯じゃないよ。良かった、来てくれて」

 答えると、彼は「そっか」と再び目を逸らす。照れ臭いと首の後ろに手を持っていく癖があると分かって、思わず笑みが零れた。伝染するように、自分の頬も熱くなっていくのが分かった。

「とにかく無事で良かったわ。なんかすげぇ音してたし」
「火事の音?」
「それもそうだけど、舞台袖から何か叩きつける音みたいなのが聴こえた。アレが無ければ、宮城が居るって気付けなかったかもしれない」

 言われて、棺のなかでのことを思い返す。大きな音がした記憶はなかったが、直ぐにピンと来た。

「それたぶん……私が蹴り飛ばした音だ」
「蹴り?」
「実は、棺のなかで寝ちゃってたみたいで……ほら、たぶん舞台とかで使うやつ。それで起きたら火事になってたから、思いきり蓋を蹴り飛ばしたの」