彼女は自慢の巻き髪を指に絡ませながら、頬杖を突く。周りの女子たちはそれに同意するように、キャッキャと笑った。

 そうよ、私は変なの。変で特殊で個性的。
 だって、今の私は流行りものに靡かない、個性的な高校二年生で、決してつまらない人間なんかじゃない——そう繕っている(・・・・・)
 心の中で擬態を盾にしながら、しかし喉に骨が刺さっているかのように大きな蟠りが疼く。繕うようになってから出現した視えない炎症だ。

「千怜の好みって本当ズレてない? ほんとにその映画好きなの?」

 眉を寄せながら微笑み、そして悪気なく佳子は言う。そのせいで刺さっていた骨が蟠りにめり込んだけど、静まるわけにはいかない。

「えー、好きだって。なに言ってんの~」
「ふーん。……てゆーかさァ、学祭のときって他校呼べるんだっけ?」

 せっかく喉を絞ったのに、めり込ませた意識など勿論無い佳子は一週間後に待ち受ける一大イベントへ興味を移す。 
 ……いやいや、ちょっと急すぎない? 十数秒でも私の話題になっただけで儲け物、とはいえ急すぎない? いや。それよりも問題は『ほんとに好きなの?』と疑わせてしまったこと。たとえ場を繋ぐためのハテナだったとしても、聞きたくなんてなかった。
 同級生や教師に個性がないことを見破られて以来、私は密かに、自分の世界にフィクションを作り続けてきたのだから。

 “実在しない” “実際の人物とは関係ない”

 夕べ、テレビの黒塗りに浮かんだ白い文字が、体の管にぎゅうっと巻き付く。骨が刺さったように感じたのは、外側からも強く締め付けられていたからかもしれない。

 個性がないなら、実在しない自分(こせい)を作り上げなければいけないし、映画の登場人物と同じで確立されたキャラクターがなければ覚えてもらえない。存在しない人間の影が映らないのと同じこと——。
 勉強も、運動も、音楽も、絵画も。秀でる才能はなにも持ち合わせていなかった。実のところ、私は中学でソフトテニス部員だったにも関わらず、硬式テニス部の二軍に留まっているし。記憶だけを頼りに試験をやり過ごしているから、応用問題は自力で解けた試しがない。
 だからせめて、周りに変わり者だと認識(・・)されるように繕った。

 例えば『ミスター&ミセス スミス』だって、母親が借りてきたDVDを隣で一緒に観ていただけだったけど、生まれる前の映画が好きだと言えば “変わり者の千怜” が確立される。
 いつもそう演じて、しかし周りに嫌われることのないよう中途半端に空気を読む。先ほどの佳子にも

 “訊いたくせに、どうでもいいみたいにあしらわないでよ!”

 なんて啖呵はさすがに切れない。

 でも、これが遠山(とおやま) 千怜(ちさと)、十七歳の限界だと悟りたくはなかった。
 天邪鬼を被って半端な自分から抜け出せるように、そして、個性を纏った私が少しでも認識される世界を壊さないように——。

 ずっと、そう言い聞かせていた。

 ✦

「遠山、ちょっと話せない?」

 クラスメートの田淵(たぶち)くんに声を掛けられたのは、翌々日の校内清掃のときだった。
 放課後の清掃とは別に月例で実施されるこのプチイベントは、出席番号順で場所を割り振られており、人気者の田淵くんと私は同じグループに属していた。