半ばやけくそだった。誰も見ていないのをいいことに、華のJKらしからぬ掛け声で体重を上に浮かせる。すると、怪しい三毛猫が私の腹を踏み台に立ち上がり、同じように手を添えた。露になった猫の体の裏側は、想像以上の面積を誇っているようだ。
『そうだ。しかし力が足らん、もっと押し出せ』
「ッ、るァァァ——……!」
『可笑しな掛け声をするな。力が抜けるではないか』
話しかけないようにしても喋るんじゃない。
心のうちで垂れ流しながら、大して加算されていなさそうな猫の手を見据える。猫の手も借りたいとはこのことか、と額に汗を浮かべる。
同時に私は違和感を覚えた。この蓋は、閉じ込められていたはずの棺の蓋とは明らかに重厚感が違う。それに、時を経るにつれて掌を伝う熱が温度を上げている気がするし、心なしか焦げ臭い。
……いや、まさか——。
「ねえ……もし、よ。もし私の言葉が分かるなら、ちょっとどいてくれない」
できる限り息を吸わないように、通じるはずのない三毛猫に向けてそう放つ。通じるはずがないのに、彼は『どうするつもりだ』と私の腹を下り、顔の辺りまで上ってくる。そして、頬に肉球をペチンと当てた。
夢の中、頬に石鹸を叩きつけられる感触を味わわせたのは、間違いなくこの猫だろう。しかし現実では、湯煙どころか灰色の煙に巻かれているはず。……まだ全然、現実だなんて思いたくもないけれど。
「いいから、黙って見てて……っ!!」
ドゴンッ————!
肘と膝を極限まで圧縮させたあと、バネのようにそれを放って蓋の内側へシューティング。テニス部で人並みに培われた筋繊維が弾ける音がした瞬間、想定内の煙に巻かれる。どうやら上手く蓋を殴って蹴り飛ばせたらしく、しかし空気は変わらず酸素に飢えていた。まともに吸ってしまえば、きっと喉が焼かれてしまう。
私は咳込み終えた後、口を袖で塞いで身を屈めたまま立ち上がった。
『よくやったぞチサト!やるではないか!』
一方、お調子者の三毛猫を睨むと彼は焦った様子もなく、
『アレが燃え移ったら仕舞いだったぞ。よくやった』
と近場で燃えている箒を見据え、再び私を褒め称えた。
「そんなのいーからっ、とにかくここから出ないと——」
『こっちだ、ワタシについてこい!』
招き猫ってこんなんだった?
商店街の廃れたたばこ屋に佇む一匹を浮かべながら、目の前の手招きについていく。煙に巻かれて細かいところまでは分からないが、棺の置かれたその狭い部屋はドラマや映画によく映る火事の惨状を示していた。
ということは、やっぱりこれは夢なんじゃないの?……だって、眠ってしまう直前には多目的教室に居たはずなのに、壁の色も窓の位置も部屋の広さも、それとは全く違うんだもの。
「——……夢、だよね……」
振り返り、パチパチパチッ、と夕焼けのような炎が備品を燃やしていく様子を焼き付ける。蹴り飛ばした棺の蓋は木製だったのか、ほとんどが炎に呑まれて原型を留めていない。備品が多かったのか大小様々な火の塊が散乱しているけれど、中でも大きな棺が呑まれてしまえば火の海は免れない。
明晰夢というやつなのだろうか。危機的状況に置かれている私を、異なる私が俯瞰していた。
『おい、何をしている!早く来い!』
「う、うん……」
三毛猫に足をペシペシ叩かれ、我に返る。こういうとき、私がフィクションのヒロインであれば、猫ではなく別の誰かが救けに来てくれるはずだ。
「いた……——!!」
そう、例えばこんな風に。