内側から鍵を掛けることが出来るからだろうか。きっと私は、佳子の声を内からも外からもシャットダウンしたかった。
「——……」
扉を閉じたのと同じ利き手で、ネジ締り錠に触れる。締める寸前の錠から血流を押し上げられるように、心臓がドクドクと緊張に呻いた。
「何してるの」
「えっ……」
キンッ。
背後から歯切れの良い声が響き渡り、反動で錠を落とす。木製の扉に弾かれた錠は、視線の下で素早く揺れた。
「あれ。遠山さんじゃん」
「……永島さん?」
振り返るまでもなく、覗き込んだ永島友希の姿に目を丸くする。まさか、先客がいるとは思わなかった。錠に触れたことを隠蔽するように一歩退くと、彼女は眉を寄せた。
「ここ、当日まで生徒会以外立ち入り禁止なんだけど」
「え……、ごめん!ごめんなさい!」
聡明なその瞳に気圧されて、条件反射の謝罪が飛び出る。すると、永島さんは「ビビりすぎ!」と乾いた笑みを響かせた。
「ごめんごめん、意地悪言って。知らなかったって言えばいいのに」
「いや……知らなかったわけじゃ、」
「あら、それじゃあ有罪だ」
物騒な響きにまた顔が強ばる。彼女はそんな私を大きな瞳に映し、再び豪快に笑った。
「笑いすぎじゃない?」
「あ~、いやぁ、素直だなあと思って」
素直?私が?こんなに捻くれてるのに?自分の思い描く像には、あまりしっくり来ない響きだ。
「で、なんか用? ここにあるのは当日使うものだけ、って申請書に書いたはずだけど」
「うーん……物を取りに来たわけではないというか……」
「じゃあなんでここに?」
「んー……なんでだろうね」
視線を逸らして言葉を濁すと、首を傾げていた永島さんは「ああ!」と目を開く。
「もしかして、教室内の空気ヤバイ?」
「え、」
「てゆーか、むしろ私の陰口で空気悪い感じ? それで逃げてきたんでしょ」
「あはは——……いやぁ、そんなことは……」
「やっぱり素直だねぇ、遠山さん」
わかりやすーい。そう呑気に語尾を伸ばしながら、背を向けて歩き出す。彼女の持ち合わせた綺麗なストレートヘアが揺れる度、なんだか目がチカチカする。
これまであまり話す機会はなかったけれど、外見も内面も凛としていて爽やかで、永島さんは一輪でも綺麗な菊の花のようだ。
「永島さんはどうしてここに? 生徒会の仕事?」
もし先客が他のクラスメートだったら、すでに居座る教室を替えていたかもしれない。
窓際に寄せられた大道具の傍で屈み、なにかを覗き込んでいる永島さんは、背を向けたまま「ただのサボりだにゃ~」と変な語尾をくっつけた。聞き間違いだろうか。
「サボりなの?」
「うん。まあ、サボりのようなもの」
「ようなもの?」
「そこは察してください。にゃ~」
「……にゃあ?」
「やっと食いついたね。そう、にゃあ。私ね、こいつが癒しなの」
実際に上ってしまえそうな階段が描かれた段ボール。窓際に立て掛けられたその大道具の下を、彼女は「こいつこいつ」と指を差す。言われた通り隣にしゃがんで覗いてみると、そこには一匹の三毛猫が潜んでいた。
「わっ!?……びっくりしたぁっ」
「ちょっと、あんま大きい声出さないでよ。怖がっちゃうじゃん」
「えぇ……ああ、ごめん」
「こいつね、“ざらめ”っていうの。ふてぶてしいけど、利口なんだよ。道具引っ掻いたりしないし」
「え、永島さんが連れ込んだの?」
「アッハハッ、そんな男みたいに。まぁ、確かにオスだけど、連れ込んではない。ざらめが住み着いてるだけだよ」