「なんだよ……まじで永島(ながしま)の言った通りじゃん」

 番号順に並んだ生徒が、会長とともに登壇した小柄なクラスメートに眉を寄せる。生徒会副会長を務める彼女、永島(ながしま) 友希(ゆうき)は名前の響きに準えて、間違いなく “勇気” という清廉な個性を持ち合わせた勇者だった。
 とはいえ「あんたたち、それでも偏差値高いの?」と自称進学校のクラスメートを煽った言葉は、箱のなかの大衆を敵に回したのも確か。佳子なんか集会の最中にも関わらず、前後の女子たちと永島さんの悪口を言い合う始末。しかし、鋭い視線を向けられている当本人は、会長の後ろで綺麗な姿勢を保っていた。
 私にも、あんな素敵な個性があったら——羨ましいを通り越してなんだか格好いい。一人で人を嫌うことの出来ない佳子が、なんだか酷くちっぽけに思える。

「ね、千怜もうざいと思わない?」

 それなのに。集会後、佳子から訊ねられた言葉に、私はハッキリ「No」と抗うことが出来なかった。

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 憧れの勇気凛々は、一朝一夕で賄えるものではない。永島さんには生まれたときから備わっていたもので、私にはそれが無かっただけだ。きっとそうだ——。
 最終準備に追われる教室内で、パネルに画用紙を貼り付けながら巡らせる。

「なにあれ、『あんたたち偏差値高いの?』って。自分は進学校の上位様で生徒会役員だから優遇されてる〜、とでも思ってんのかよ」
「綾崎に気に入られて、内申点上げたいんじゃない?」
「なんかさァ、やり方があざといんだよね~。てゆーか、絶対自分のこと特別だと思ってる」
「それなぁ!顔も良く見たら普通じゃん?……ねえ、千怜もそう思わない?」

 あっ——。
 瞬間、ビリッと破いていたテープを丸ごと、上っていた梯子の下に落とす。傍でただ陰口を叩いていた佳子たちは、私を査定するような表情で見上げている。
 なんだか、もう一度グループの一員として“存在する”ためのチャンスを、強引に与えられているような気分だ。

「はい。落ちたよ」
「あ……うん、ありがと」

 佳子に拾われたテープを受け取り、その瞳に自分を映す。花火の中止でダメージを受けていたはずの彼女は、いまや爛々と目を輝かせていた。

「ねえ、千怜聞いてた?」
「……っ」

 再び問われて肩が竦む。目元に引かれた、彼女のアイラインのアシンメトリーだけに視界が囚われる。
 ここでまた合わせたら、私の影は一層薄くなるだけだ。そう解っているのに唇は泳ぐだけで、声は喉を通過しない。

「ごめ……」
「は?なに?」
「っ、ごめん、ちょっとトイレ……!」

 気づけば梯子を勢い良く下りて、学祭準備真っ只中の廊下を駆けていた。「は?!おい千怜!」という怒号が聞こえたけれど、怖くて振り返ることはできない。また佳子の機嫌を損ねてしまった。——でも、

「逃げられた……っ」

 (しぼ)んだバルーンや細切れにされた段ボール、くしゃくしゃになったビニールテープを避けながら、天井のない渡り廊下を駆け抜ける。広々と面積が確保されており、“青空廊下”という名称で親しまれているこの渡り廊下は、いまは西日を浴びて薄いオレンジに染まっていた。
 一年の頃は、青空廊下で昼休みを過ごすことが好きだったはずなのに、どうしてやめたんだっけ——。海馬を呼び起こしながら、廊下を渡った先に聳える扉を開いた。

「ハァッ……」

 後ろ手に閉じた扉に凭れ、息を整える。入ったのはいわゆる多目的教室。劇や書道パフォーマンスなど、舞台の出し物に使う道具を雑多に保管しているので、足の踏み場はあまりなく窮屈だ。そう分かっていて、しかし足は迷いなくこの場所に向かっていた。