十二月十四日は、木曜日だった。
 最も流星群がよく見える日だけど、平日だから当初は土曜日に行こうと計画していた。それでも、彼が十四日に行けると言ったから、私も両親を説得した。流石に男の子と二人で、なんて言えば反対されるに決まってるけど、密かに察した美澄さんや兄が口添えしてくれた。学校の友だちと誘い合っているんだと私は嘘を吐いて、兄夫婦も一生の思い出になるはずだからと援護してくれて、なんとか学校を休ませてもらうことに成功した。「あとで詳細聞かせてね」美澄さんはいたずらっぽい顔で笑って言った。
 楠駅からバスで四十分の場所にある港から、一日に二回、琴野島行きのフェリーが出る。朝と夕方の二便だけが港と島を繋いでいて、私たちは午前十時の船に乗った。
 船には、恐らく望遠鏡の入った細長いバッグを持つ人たちが乗っていて、誰もが期待に満ちた表情をしている。
「海、綺麗だね」
 天気は晴れていて、海に点々と浮かぶ他の島がよく見える。手すりの向こうの景色を眺めながら言うと、「そうやな」と旭も眩しそうに目を細めて頷いた。
「寒くないんか」
「うん」ダウンジャケットの前を合わせながら彼を見上げる。「旭は寒くないの」彼もウィンドブレーカーのチャックを胸元まで上げて、「それほど」と言った。彼の顔から、痣はすっかり消えていた。
 琴野島に宿泊施設は二か所しかない。島に到着してから、一軒の民宿に荷物を置いた。荷物といっても、私たちには着替えとタオル、折り畳み傘と懐中電灯を入れた鞄しかなくて、他のお客さんに比べれば手ぶらと呼べる程度の物しかなかった。広い平屋の民家にしか見えない民宿は、廊下の両脇にそれぞれ部屋が並んでいるだけで、もちろん鍵なんてものもない。畳敷きの六畳間はただ寝るだけの場所で、それも夜は外に出ている時間が長いから、気にする人はいないようだった。
 周りの目が気にならないといえば嘘になるけど、民宿を数名の従業員と切り盛りしているおじさんは、観光客向けの地図まで渡してくれた。星が良く見える山までの道のりを教えてくれて、夜は暗いから道を外れないようにと注意した。
「島やなあ」
 外に出て道を歩きながら旭が当然のことを言って、私は吹き出す。「だって島だもん」そう返しつつ、彼の気持ちも理解できる。舗装はされているけど、滅多に車の通らない道路。信号は、船の泊まる港付近にしかない。本屋もコンビニもなくて、商店が数軒あるだけ。その一軒でラップに包まれたおにぎりを買って、背の低い防波堤に並んで腰掛けて海を見ながら食べた。お店で手作りしているおにぎりは、随分と美味しかった。
 十二月とは思えないほどに陽は燦々と照り、島にはのどかな風景が広がっている。こんもりと木の茂る山の麓に、民家がへばりついている。ひとけのない神社、チャイムの聞こえる学校、こじんまりとした病院。日陰で野良猫が昼寝をするのに目を取られ、急に現れた大きな蜘蛛の巣に私はのけ反る。それを見て旭が笑う。
 たわい無い話をしながら、気の赴くままに散歩をする。潮騒の音は柔らかく、午後の陽射しは心地よい。この時間が永遠に続けばいい。私はそんなことを思う。
 午後二時を過ぎた頃、一度民宿に戻って仮眠を取り、すっかり日が暮れた頃に食堂で夕飯を食べた。甘口のカレーライスは美味しかったけど、食べすぎて眠くなると困るので、控えめにしておいた。
 午後七時を過ぎると徐々にお客さんが外に出ていく。望遠鏡を背負って懐中電灯を持って、地図を片手に勇み足で出かけていく。私たちも民宿の出入り口から空を見上げてみた。既に満天の星空が広がっていて、これだけで何時間でも過ごせる気がした。
「一本道だから大丈夫だと思うけど、気を付けてね」
 そろそろ出かけようとすると、民宿のおじさんが声をかけてくれる。返事をして、私たちは懐中電灯で道を照らしながら山への道を歩く。
 向こうの方に、先に出た人が持つ灯りが見えて、怖くはない。だけど私たちはしっかり寄り添って、互いに足元を照らしながら進んだ。島の夜は静かで、灯りもほとんどない。手元の地図を照らしつつ、前の人の光を頼りに前進する。流星群のピークは二十二時頃だと聞いた。島の山中には広々とした丘があって、そこからよく観測できるらしい。一時間かけて到着すれば、ちょうどよく見えるはず。
「晴れてよかったね」
「そうやな」
 旭は夜空を見上げる。
「俺にはようわからんけど……どれがなんていう星かわかるか」
「じっくり見たらわかるかもしれないけど、こんなに数があったら難しいよ」
 普段の公園とは比較にならない数の星が頭上に広がっていた。深い藍の中で、精いっぱい輝く星々。はるか遠くにある星の瞬きを、地上からこの目で見ることができる。なんて不思議で素敵な光景なんだろう。
「すごいな」
 旭は白い息を吐いた。頬がぴりぴり痺れるほどに冷たい空気だから、余計に星空は映えて見えた。
 私たちは、ゆっくり歩く。今日のこの瞬間を噛み締めるように、全身に刻みつけて永遠に忘れないように、一歩一歩を踏みしめる。