「……梓に、一泡吹かせられると思ったのになあ」
身に覚えのない台詞に、きょとんとする。一泡って、私は彼女になにか悪いことをしていたんだろうか。
「私、何かしちゃったの?」
「だって、大地をフッたじゃん」
「大地くん?」
想像しない名前が出て混乱する私に、小夏ちゃんは前のめりになる。
「あたしは、ずーっと大地が好きなの!」
思わぬ告白を訴えて、彼女は背もたれに背中を押し当てた。
私はここに来て一番戸惑ってしまう。小夏ちゃんは大地くんが好きだった。予想もしない展開。
「なのに……あたしとっても頑張ってるのに、ぜんっぜん振り向いてくれないんだもん。同じ部活にも入ったのに」
「あ……小夏ちゃんが、天文部に入ったのって」
「そう。大地がいるから、接点がほしくって」
私と入れ違いに天文部に入った目的が、大地くんと仲良くなるため。その積極性に脱帽する。
「で、でも、小夏ちゃんは誰とでも話せるから……だから、特別だっていうの、気付いてないのかも」
「それでもアピールしてるつもりなのに」
「告白とか……」
「ほんとに好きなんだもん、そう簡単に出来ないし!」
拗ねたように唇を尖らせて、彼女はぎろりと私を睨んだ。今度はその視線にぎくりとしてしまう。
「それに、大地が告った相手が、よりによって梓だもん」
「よりによってって……」
「だってそうでしょ、梓、大地と距離詰めようとしてなかったでしょ。あたしいっつも大地のこと見てたけど、そんな兆しなかったし」
確かに私も、大地くんに告白されたのは、本当に驚きだった。これっぽちも予想してなかったから、すぐには返事さえできなかった。
「しかも大地をフッたって」
「えっと、私、そんな」
「すっごく悔しい! まだオッケーするならわかるよ? でも梓からフッたんでしょ。信じらんない!」
あまりに声を出すから、一つ挟んだ隣に座っていたサラリーマンが、パソコンから顔を上げてこっちを見た。「もうちょっと、声落として……」小夏ちゃんを宥めながら、会釈をする。
「悔しくてどうにかなっちゃいそうで。その頃旭くんのこと聞いたから、梓にも悔しい思いさせようって思ったの。気になる人を横取りされる気持ち、味合わせてやろうって」
「え……じゃ、じゃあ、小夏ちゃん、旭のこと好きじゃないの?」
「まあね」
そんなあ。思わず声が出そうになった。旭も小夏ちゃんも、お互いをなんとも思っていなかった。私はあんなに悩んで何度も泣いて、辛い日々を過ごしていたのに。
「あたしってさ、マジで外面気にする人じゃん」細い両腕で頬杖をつく。「やっぱ、あーいう噂があるとね。あたしは敬遠しちゃう。あたしはね」
今になって私を気遣っているのか、「あたしは」を強調する小夏ちゃん。確かにそう言われたらそんな気にもなる。周囲の目を気にせざるを得ない相手と付き合うリスクを、彼女は自ら冒さないだろう。
「だから、梓を退場させれば、それで十分だったの」
あっけらかんとして衝撃の事実を次々と述べる。「それなら、最初っから旭に告白するつもりはなかったってこと?」
「なかったよ。話してたら、ちょっといいかなーとは思ったけどね。でもさあ」
重大な内緒話をするように、彼女は少し顔を近づける。神妙な面持ちに、私も耳を寄せる。
「雨の日に、傘ささないでずぶ濡れで歩いてるの見たの。忘れて走ってるとかじゃなくて、平気な顔して帰ってるの。ヤバいって」
傘をささない旭を思い出して、小夏ちゃんの顔を見て、そうすると何故だか可笑しな気持ちになった。くすくすと笑い声が喉から漏れてしまう。
「そうだね」怪訝な顔をする小夏ちゃんに、私は笑いながら頷いた。「ヤバいよ。傘ぐらいさせって私も思うもん」
「だよねえ」
釣られるように小夏ちゃんも笑った。ヤバいヤバい。そんな言葉を繰り返して、顔を突き合わせて私たちは笑っていた。
しばらく笑い合って落ち着いた頃、思い出す。
「そういえば小夏ちゃん、あの写真、本当に知らないの? 私のスマホに送られた写真」
「もちろん知ってる。じゃないと怖すぎじゃん」
大袈裟に自分の腕を抱いてみせる。
「知り合いが、梓に送るって盗み撮りしたんだよ。……そういえばあいつ、なんで梓のアドレス知ってたんだろ」
口元に手を当てて考え込んでいる。彼女があのメールに心当たりがあって、私は少しほっとしたけど、まだ腑に落ちない。
「その知り合いが送り主なのかな」
「だと思ってたけど、確信はないなあ。そもそも旭くんのことを言いふらし始めたのもあいつだし……なんか怪しい」
旭の事情を桜浜に広めて、彼と小夏ちゃんが仲良く見えるように隠し撮りし、それを私の元に送って誤解させる。
「もしかしてあたし、あいつにいいようにされてた……?」
小夏ちゃんの私に対する嫉妬心を利用して、旭と無理やりくっつける。私は泣く泣く退場する。
全ては作為的だったのかもしれない。
「あり得るかも。マジでムカついてきた」
「その知り合いって、西ノ浦の人?」
「そう。高等部一年の男。崎本ってやつ」
聞いたことのない名前だった。私には、西ノ浦に旭以外の知り合いはいないから当然なんだけど。
「他の学校だからいいやって思って、大地が好きだってこととか、梓がフッたって話を愚痴ったの。その時、確か崎本もいたはず。あいつ絶対なんか企んでるよ」
理由はわからないけど、その崎本っていう人がなにかしら関係している可能性は高い。
「その人と話すことってできるかな」
「できるできる。てゆーかそうしないとあたしの気が済まないし」
任せて、と小夏ちゃんは胸元を軽く叩いた。
身に覚えのない台詞に、きょとんとする。一泡って、私は彼女になにか悪いことをしていたんだろうか。
「私、何かしちゃったの?」
「だって、大地をフッたじゃん」
「大地くん?」
想像しない名前が出て混乱する私に、小夏ちゃんは前のめりになる。
「あたしは、ずーっと大地が好きなの!」
思わぬ告白を訴えて、彼女は背もたれに背中を押し当てた。
私はここに来て一番戸惑ってしまう。小夏ちゃんは大地くんが好きだった。予想もしない展開。
「なのに……あたしとっても頑張ってるのに、ぜんっぜん振り向いてくれないんだもん。同じ部活にも入ったのに」
「あ……小夏ちゃんが、天文部に入ったのって」
「そう。大地がいるから、接点がほしくって」
私と入れ違いに天文部に入った目的が、大地くんと仲良くなるため。その積極性に脱帽する。
「で、でも、小夏ちゃんは誰とでも話せるから……だから、特別だっていうの、気付いてないのかも」
「それでもアピールしてるつもりなのに」
「告白とか……」
「ほんとに好きなんだもん、そう簡単に出来ないし!」
拗ねたように唇を尖らせて、彼女はぎろりと私を睨んだ。今度はその視線にぎくりとしてしまう。
「それに、大地が告った相手が、よりによって梓だもん」
「よりによってって……」
「だってそうでしょ、梓、大地と距離詰めようとしてなかったでしょ。あたしいっつも大地のこと見てたけど、そんな兆しなかったし」
確かに私も、大地くんに告白されたのは、本当に驚きだった。これっぽちも予想してなかったから、すぐには返事さえできなかった。
「しかも大地をフッたって」
「えっと、私、そんな」
「すっごく悔しい! まだオッケーするならわかるよ? でも梓からフッたんでしょ。信じらんない!」
あまりに声を出すから、一つ挟んだ隣に座っていたサラリーマンが、パソコンから顔を上げてこっちを見た。「もうちょっと、声落として……」小夏ちゃんを宥めながら、会釈をする。
「悔しくてどうにかなっちゃいそうで。その頃旭くんのこと聞いたから、梓にも悔しい思いさせようって思ったの。気になる人を横取りされる気持ち、味合わせてやろうって」
「え……じゃ、じゃあ、小夏ちゃん、旭のこと好きじゃないの?」
「まあね」
そんなあ。思わず声が出そうになった。旭も小夏ちゃんも、お互いをなんとも思っていなかった。私はあんなに悩んで何度も泣いて、辛い日々を過ごしていたのに。
「あたしってさ、マジで外面気にする人じゃん」細い両腕で頬杖をつく。「やっぱ、あーいう噂があるとね。あたしは敬遠しちゃう。あたしはね」
今になって私を気遣っているのか、「あたしは」を強調する小夏ちゃん。確かにそう言われたらそんな気にもなる。周囲の目を気にせざるを得ない相手と付き合うリスクを、彼女は自ら冒さないだろう。
「だから、梓を退場させれば、それで十分だったの」
あっけらかんとして衝撃の事実を次々と述べる。「それなら、最初っから旭に告白するつもりはなかったってこと?」
「なかったよ。話してたら、ちょっといいかなーとは思ったけどね。でもさあ」
重大な内緒話をするように、彼女は少し顔を近づける。神妙な面持ちに、私も耳を寄せる。
「雨の日に、傘ささないでずぶ濡れで歩いてるの見たの。忘れて走ってるとかじゃなくて、平気な顔して帰ってるの。ヤバいって」
傘をささない旭を思い出して、小夏ちゃんの顔を見て、そうすると何故だか可笑しな気持ちになった。くすくすと笑い声が喉から漏れてしまう。
「そうだね」怪訝な顔をする小夏ちゃんに、私は笑いながら頷いた。「ヤバいよ。傘ぐらいさせって私も思うもん」
「だよねえ」
釣られるように小夏ちゃんも笑った。ヤバいヤバい。そんな言葉を繰り返して、顔を突き合わせて私たちは笑っていた。
しばらく笑い合って落ち着いた頃、思い出す。
「そういえば小夏ちゃん、あの写真、本当に知らないの? 私のスマホに送られた写真」
「もちろん知ってる。じゃないと怖すぎじゃん」
大袈裟に自分の腕を抱いてみせる。
「知り合いが、梓に送るって盗み撮りしたんだよ。……そういえばあいつ、なんで梓のアドレス知ってたんだろ」
口元に手を当てて考え込んでいる。彼女があのメールに心当たりがあって、私は少しほっとしたけど、まだ腑に落ちない。
「その知り合いが送り主なのかな」
「だと思ってたけど、確信はないなあ。そもそも旭くんのことを言いふらし始めたのもあいつだし……なんか怪しい」
旭の事情を桜浜に広めて、彼と小夏ちゃんが仲良く見えるように隠し撮りし、それを私の元に送って誤解させる。
「もしかしてあたし、あいつにいいようにされてた……?」
小夏ちゃんの私に対する嫉妬心を利用して、旭と無理やりくっつける。私は泣く泣く退場する。
全ては作為的だったのかもしれない。
「あり得るかも。マジでムカついてきた」
「その知り合いって、西ノ浦の人?」
「そう。高等部一年の男。崎本ってやつ」
聞いたことのない名前だった。私には、西ノ浦に旭以外の知り合いはいないから当然なんだけど。
「他の学校だからいいやって思って、大地が好きだってこととか、梓がフッたって話を愚痴ったの。その時、確か崎本もいたはず。あいつ絶対なんか企んでるよ」
理由はわからないけど、その崎本っていう人がなにかしら関係している可能性は高い。
「その人と話すことってできるかな」
「できるできる。てゆーかそうしないとあたしの気が済まないし」
任せて、と小夏ちゃんは胸元を軽く叩いた。