私の胸の奥には、寝ても覚めても黒雲が湧いていた。ぐるぐるとゆっくり渦を巻くそれは、不安とか疑念とか、そんなマイナスなものを抱えている。旭は私を騙さない。じゃあ、あの写真は一体どういうこと?
夏休みが始まれば、図書館に行く機会は減ってしまう。会いたければ予定を合わせる方法もあるけど、放課後に自然と顔を合わせる方がお互いに随分と気楽だ。
どうしよう。旭に写真を見せて、「この子とどういう関係?」そんな台詞を言う。想像するだけで無理だ。私は旭にとってただの仲良し、問い詰める権利はない。それに、もし彼が口ごもったら、言い淀んだら、その目が泳いでしまったら。私は今までのように彼に接することさえできなくなる。
「どうしたの、梓」
授業中、先生に当てられてもぼーっとしていて気付かなかった。それを心配した結々が、授業終わりに席までやって来て尋ねてくれる。今日は放課後に一緒にお弁当を食べる約束をしていた。
「誰かに何か言われた?」
周りに聞こえないように結々が耳元で囁いて、私は首を横に振った。だけど教室で彼の名前を出して盗み聞きされるのも嫌だから、「外で食べよう」と誘った。
校舎の間にある中庭で、日陰のベンチを選んでお弁当を開く。そばの花壇では、美化委員が植えた可愛らしいヒマワリが太陽を見上げている。早くも音楽室で活動を始めた吹奏楽部の楽器の音色が耳に届く。変哲のない夏の放課後。
結々はお弁当をつつきながら待っていてくれるから、私はおずおずと口を開いた。
「小夏ちゃんって、西ノ浦でも顔広いのかな」
「小夏?」
結々がきょとんとして、オウム返しに呟く。
「それなりに知り合いはいると思うよ。中学の頃の塾にも西ノ浦に行った人がいたし、繋がりがあっても不思議じゃないと思う。今も他の学校の子と遊んだりしてるみたいだし。でもなんで?」
少し考えて、彼女はそう言った。
旭は否定的だけど、やっぱり二人には何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
私の顔が曇るのを見て、結々はいっそう心配そうな顔をする。全て打ち明けて、親しい第三者からの意見を聞きたい。彼女の表情を見て私の中でそんな思いが募った。
鞄からスマホを取り出して、メールボックスを開く。結局削除に至らなかったメールをタップした。
「これ……」スマホを差し出す。「この画像が、いきなり送られてきたの」
「誰から?」
「わかんない。最初は迷惑メールだと思ったんだけど、開いてみたら写真だけついてて」
「小夏だ」スマホを受け取った結々は首を傾げる。「手前の男の子が、旭くんって子?」
うんと頷く。結々が更に、「小夏の知り合いだったのかな」と疑問を被せるのに、わかんないとかぶりを振る。
写真をじっと見る結々は、「友だちっぽいよね」と私と同じ感想を抱いたようだった。
「そう見える、けど。でも、旭に女友だちはいないんだって」
「顔見知り程度かもよ」
「それにしては、嬉しそうに見える。小夏ちゃん」
ふむ、と顎に手を当てて考える結々。「旭くんはなんて?」
「訊いてない」
「訊けばいいじゃん」
そう言ったけど、黙り込んだ私を見て結々は察してくれた。私にスマホを返しながら、「なるほどね」と納得の表情。
「梓、よっぽどこの人に惚れてるんだ」
「ちっ、ちがうし!」
一気に顔が熱くなる。そんな私の頬をつついて、「まあまあ」と結々は笑う。「そう動揺しなさんな。お弁当落とすよ」
必死に私はお弁当のおにぎりを口に詰め込んだ。中身が鮭か梅干しかもよくわからない。お米の塊を頑張って噛み締めて胃に落とす。
「そーだよねー。実は小夏と……なんて言われたらショックだよねえ。でも梓は、もう旭くんとデートしたんでしょ」
「デートとか、そんなんじゃないよ!」
「だって、二人で遊びに行ったって言ってたじゃん」
「それはそうだけど」
「それをデートっていうの」
にやつきながらため息をついて、結々はほうれん草のおひたしを口に運んだ。
「でも、誰が何のために、梓に写真を送ったんだろ」
「うん……ちょっと怖いかも」
「訊くしかないよ。旭くんが無理なら小夏に。送り主に心当たりがあるかもしれないし、どういう関係かもわかるでしょ」
「小夏ちゃんに?」
うっと私は思わず身を引く。結々はともかく、私は彼女とまともに話したことがない。塾もクラスも接点のない私が、親しく口を利くのは躊躇われる。彼女と私の地位にはそんな歴然とした差があるのだ。
「大丈夫だって、噛みつかれるわけじゃなし」
「だけど」
「あたしがついててあげるから。いつまでも悩んでたって、何も進展しないよ?」
今なお躊躇する私を根気強く励ましてくれる。自分のうじうじ加減が嫌になって、結々がついていてくれるならと、私は頷いた。
夏休みが始まれば、図書館に行く機会は減ってしまう。会いたければ予定を合わせる方法もあるけど、放課後に自然と顔を合わせる方がお互いに随分と気楽だ。
どうしよう。旭に写真を見せて、「この子とどういう関係?」そんな台詞を言う。想像するだけで無理だ。私は旭にとってただの仲良し、問い詰める権利はない。それに、もし彼が口ごもったら、言い淀んだら、その目が泳いでしまったら。私は今までのように彼に接することさえできなくなる。
「どうしたの、梓」
授業中、先生に当てられてもぼーっとしていて気付かなかった。それを心配した結々が、授業終わりに席までやって来て尋ねてくれる。今日は放課後に一緒にお弁当を食べる約束をしていた。
「誰かに何か言われた?」
周りに聞こえないように結々が耳元で囁いて、私は首を横に振った。だけど教室で彼の名前を出して盗み聞きされるのも嫌だから、「外で食べよう」と誘った。
校舎の間にある中庭で、日陰のベンチを選んでお弁当を開く。そばの花壇では、美化委員が植えた可愛らしいヒマワリが太陽を見上げている。早くも音楽室で活動を始めた吹奏楽部の楽器の音色が耳に届く。変哲のない夏の放課後。
結々はお弁当をつつきながら待っていてくれるから、私はおずおずと口を開いた。
「小夏ちゃんって、西ノ浦でも顔広いのかな」
「小夏?」
結々がきょとんとして、オウム返しに呟く。
「それなりに知り合いはいると思うよ。中学の頃の塾にも西ノ浦に行った人がいたし、繋がりがあっても不思議じゃないと思う。今も他の学校の子と遊んだりしてるみたいだし。でもなんで?」
少し考えて、彼女はそう言った。
旭は否定的だけど、やっぱり二人には何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
私の顔が曇るのを見て、結々はいっそう心配そうな顔をする。全て打ち明けて、親しい第三者からの意見を聞きたい。彼女の表情を見て私の中でそんな思いが募った。
鞄からスマホを取り出して、メールボックスを開く。結局削除に至らなかったメールをタップした。
「これ……」スマホを差し出す。「この画像が、いきなり送られてきたの」
「誰から?」
「わかんない。最初は迷惑メールだと思ったんだけど、開いてみたら写真だけついてて」
「小夏だ」スマホを受け取った結々は首を傾げる。「手前の男の子が、旭くんって子?」
うんと頷く。結々が更に、「小夏の知り合いだったのかな」と疑問を被せるのに、わかんないとかぶりを振る。
写真をじっと見る結々は、「友だちっぽいよね」と私と同じ感想を抱いたようだった。
「そう見える、けど。でも、旭に女友だちはいないんだって」
「顔見知り程度かもよ」
「それにしては、嬉しそうに見える。小夏ちゃん」
ふむ、と顎に手を当てて考える結々。「旭くんはなんて?」
「訊いてない」
「訊けばいいじゃん」
そう言ったけど、黙り込んだ私を見て結々は察してくれた。私にスマホを返しながら、「なるほどね」と納得の表情。
「梓、よっぽどこの人に惚れてるんだ」
「ちっ、ちがうし!」
一気に顔が熱くなる。そんな私の頬をつついて、「まあまあ」と結々は笑う。「そう動揺しなさんな。お弁当落とすよ」
必死に私はお弁当のおにぎりを口に詰め込んだ。中身が鮭か梅干しかもよくわからない。お米の塊を頑張って噛み締めて胃に落とす。
「そーだよねー。実は小夏と……なんて言われたらショックだよねえ。でも梓は、もう旭くんとデートしたんでしょ」
「デートとか、そんなんじゃないよ!」
「だって、二人で遊びに行ったって言ってたじゃん」
「それはそうだけど」
「それをデートっていうの」
にやつきながらため息をついて、結々はほうれん草のおひたしを口に運んだ。
「でも、誰が何のために、梓に写真を送ったんだろ」
「うん……ちょっと怖いかも」
「訊くしかないよ。旭くんが無理なら小夏に。送り主に心当たりがあるかもしれないし、どういう関係かもわかるでしょ」
「小夏ちゃんに?」
うっと私は思わず身を引く。結々はともかく、私は彼女とまともに話したことがない。塾もクラスも接点のない私が、親しく口を利くのは躊躇われる。彼女と私の地位にはそんな歴然とした差があるのだ。
「大丈夫だって、噛みつかれるわけじゃなし」
「だけど」
「あたしがついててあげるから。いつまでも悩んでたって、何も進展しないよ?」
今なお躊躇する私を根気強く励ましてくれる。自分のうじうじ加減が嫌になって、結々がついていてくれるならと、私は頷いた。