週明けの学校で、直接私を罵ったりする人はいなかった。ただ、距離のある場所から好奇の視線が注がれるのを感じて、終始居心地が悪かった。誰が何を言ってくるわけではないから、文句を言うこともできない。私は決して旭を恨んではいない。だけど、神経が張りつめて疲弊してしまうのは、それとはまた別のお話だ。
 内容の聞き取れないひそひそ話の中に、時折「西ノ浦」という言葉が聞こえて、無意識に耳を澄ませてしまう。自分の身体が強張るのを感じる。けらけら笑う声が自分に向けられているのではと思い、委縮する。
 被害妄想に至らないよう、自意識過剰にならないよう必死になる私に、これまで以上に結々はそばにいてくれた。「人の噂も七十五日」と彼女が言うのに、私も同意する。噂なんて一過性のものに過ぎない、すぐにみんな忘れ去るんだから、堂々としているべきなんだ。
 学校は終業式を終えて、補習授業の期間に入っていた。午前だけの授業を一週間こなせば、完全に夏休みに入る。いたたまれなくても、あと少しの辛抱だ。
 四時限分の授業が終わって、私はすぐに学校を出た。月曜で図書館も休館日だから、真っ直ぐ帰ることにする。家でお昼ご飯を食べて、茶太郎と遊ぼう。夕方になったら散歩に連れて行こう。きらきら目を輝かせて喜ぶ愛犬の姿を思い浮かべると、自然に頬が緩む。
 七月下旬の通学路は燦々と太陽に照らされて、歩いているだけで汗が首筋を流れていく。歩道の木々の幹には、蝉の抜け殻がいくつも張り付いていて、枝葉のどこかでは蝉が大声で鳴いている。彼らの大合唱を聞きつつ、ようやくやって来たバスに飛び乗った。
「はー、涼しい」
 クーラーの効いたがらがらの車内で、思わず小声で呟いて、二人掛けの席の通路側に座った。隣に置いた鞄からハンカチを取り出して汗をぬぐう。
 チャックを開けた時に、気が付いた。鞄の内ポケットにあるスマホが点滅している。ハンカチをしまって代わりに取り出した機器を見ると、「新着メール1件」の文字が画面を横断していた。誰だろう。受信ボックスを開いてみる。送信者の欄は「匿名」で、件名はなし。アドレスを見ても意味のなさそうな文字列。
「迷惑メールじゃん……」
 時たま送信されてくる迷惑メール。これもその類に違いない。
 だけど一つ気になったのは、件名が空欄のところ。大体、「当選しました!」だとか「あなたは選ばれました!」だの胡散臭いことが書かれているのに、このメールにはそれがない。件名の横にはクリップのマークがあって、ファイルが添付されているのがわかる。
 なんだろう。純粋に疑問が湧いた。
 本文のURLを踏まずとも、メールを開くだけでウイルスに感染する可能性があることをこの時の私は知らず、ちらっと文面を見ようという気になった。
 怪しければさっさと閉じて削除すればいい。そんな軽い気持ちで、私はメールをタップした。
「え……」
 同時に、引きつった声が喉の奥から零れ落ちる。
 なんで? 疑問符が頭の中を支配する。急に心臓がどくどく鳴り出して、私は混乱してしまう。
 添付ファイルの正体は一枚の写真で、メールを開くと同時にそれもすぐさま画面に表示された。
 そこに写っているのは、間違いない、旭だ。斜め後ろからのアングルだけど、私にはわかる。夏服姿の彼は、学校帰りらしい道にいる。
 そして彼の正面にいるのは、一人の女の子。桜浜の制服を着てにこにこしている彼女を、私は知っている。
「小夏ちゃん……」
 隣のクラスの、一葉小夏ちゃん。彼女が写真の中で笑っていた。