「時間はかかったけど、自分の傷と向き合えるようになって……。そしたら、自分でも驚くほど今の状況を受け入れて、ちゃんと折り合いをつけられた」


だけど、私だって前を向きたい。
苦しさや不安に捕らわれてばかりいないで、ちゃんと笑えるようになりたい。


「きっと、美波にもできる。俺ができたんだから、つらい時に逃げずに練習してきた美波にできないはずがない」


子どもみたいにうずくまっていた情けない私のことを、こんな風に信じてくれる人がいる。
輝先輩が『できる』と言ってくれるなら、できるかもしれない……と思える。


「先輩……」


狭い傘の中、彼と目が合う。
視線が真っ直ぐに絡んだ瞬間、輝先輩が優しい笑みを浮かべた。


「誰よりも自分に負けたくなんだろ?」

「うんっ……」


視界がじわりと滲む。
胸が詰まって、喉の奥が絞まって、鼻の奥がツンと刺すように痛む。


「俺たちは今まで陸上や水泳っていう狭い世界だけで生きてきたけど、たぶん世界は俺たちが思ってるよりもずっと広いし、選択肢は無限に広がってる。だから、怖がることなんてない。美波にも道は見つかるはずだから、一歩を踏み出してみろ」


差し出された手が、私の頬に触れる。
その手はかじかんだように冷たいのに、なんだかとても温かく思えた。