「俺はスランプだった時、努力はしながらも心のどこかではいつも逃げることばかり考えてた。オーバーワークを避けたかったのもあるけど、練習するのがとにかく嫌で仕方なかった」

「そんなの、私だって……」


逃げたかった、と言おうとしたのに、彼が首を小さく横に振る。


「でも、美波は逃げずに戦ってた。誰でもなく、自分自身と。かっこいいなって思って……同時に、けがを言い訳にして、過去からも将来のことからも逃げてた自分が恥ずかしくなったよ」


そして、輝先輩は私を眩しそうに見つめた。


私は、そんな風に思ってもらえるような人間じゃない。
実際に水泳から離れたあとからは、過去の自分の言葉が恥ずかしくなるくらい逃げてばかりだった。


「すっげぇ痛いところを突かれた気がしたけど……でも、その時に覚悟が決まった。『ちゃんと今の自分の境遇を受け入れて、将来のことを考えよう』って」


だけど、彼は私のことを肯定するように、ほんの少しだけ照れくさそうにしながらも穏やかに微笑んだ。


「俺は、美波に背中を押されたんだ。まぁ、美波からすれば『そんなの知らないよ』って感じだろうけど」


冗談めかした表情に、胸がぎゅうぅっ……と詰まる。
鼻の奥がツンと痛くなって、なんだか涙が溢れてしまいそうだった。