手分けして鍋と電気コンロを片付け、次は瑞希と佑が持ってきたスナック菓子を大皿に盛り付ける。更に「これ全部食べといてー」と、月子は菓子の袋をいくつも抱えてキッチンから戻ってきた。「実家からくすねてきたんだけど、多すぎてさ。賞味期限近いから食べ切っときたいんだ」
 思わず自分の腹に視線を落とす瑞希を見て、彼女は左手の親指を立てる。
「大丈夫! ずっきーは全然太ってないし、怖かったらキヨに回したらいいんだから」
「俺の扱い雑じゃないっすかね」そう言いながらも富士見は既にスナック菓子を齧っている。
 皆が菓子に手をつけると、月子は冷やしていたビールをコップに移し、旨そうに飲み干した。
「つっこさん、僕にもちょっとくださいよ」
 あまりに幸せそうな顔に、佑は興味を持ったらしい。「あんたは飲んじゃダメでしょ」瑞希が口を挟むが、彼は親指と人差し指の間を少しだけ開き、「ちょっとだけ」とねだる。
「そりゃあ、先輩が飲んでたら飲みたくなるよねえ」
「そんなに美味しいんですか?」
「うん、美味しいよー」
 なんと月子は、佑が持つ空のコップに躊躇なくビールを注ぎ入れた。しゅわしゅわと音を立てて、白い泡が浮かぶ。黄金色の液体が冠を被っているみたいだ。
「ほら、ずっきーも飲んでみなよ」
 そして中身の残る缶を、瑞希の前にでんと置く。もともと酒に強くはないのだろう、彼女の顔はほんのり赤く、既に酔っている様子だ。
「いや、私は」
「先輩も飲みましょうよ」
 調子に乗る佑を睨み、救いを求めて富士見に視線を向ける。
「ま、一口くらい、いいんじゃない?」
 だが、ポッキーを前歯で齧る彼は、救世主になるつもりはないようだった。
「……ほんとに、一口だけですよ」
 両親ともに家で酒を飲むことはなく、勧めてくる友人もいなかったから、全く味の想像がつかない。仕方なく缶を手に取る。向かいの佑は、何故かやたらと目を輝かせていた。
 あれだけ月子と富士見が美味しそうに飲むのなら、旨いんだろう。そう当てをつけ、缶を唇につけた。
 冷えた液体が舌に乗る。苦みが口中に広がった。
「にが……!」
 飲んだはいいものの思わず舌を出すと、月子が笑った。
「最初だけだよ。慣れたら全然いけるって」
「慣れるまで飲めないですよ」
 約束通り一口飲んだのだ。缶を遠ざけて見ると、佑も正面でべろりと舌を垂らしていた。
「美味しいですね」
「嘘つくな」
 明らかな嘘を吐く彼は、瑞希がぴしゃりと言うのに構わず、再度コップを口に運んだ。「やるねー、ゆうゆう」月子がはしゃぎ、「飲んだら吐くなよー」と富士見は五本目のポッキーを手にする。
 だが、佑は月子以上に酒に弱かったらしい。コップ半分の量を飲み終えると、月子が持ってきてくれた水を飲み、仰向けにひっくり返ってしまった。
「大丈夫かい、ゆうゆう」
 流石に心配の声を掛ける月子に、「だいじょうぶでーす」と右手をひらひらと振る。「ただちょっと眠くなってきて」
 そう言うと彼は、本当に目を閉じて寝息を立て始めてしまった。
「ゆうゆうは酔ったら寝ちゃうタイプなんだ。新発見」のんびりと大皿に目をやった月子は富士見を呼んだ。
「ねえ、キヨ。ちょっとコンビニ付き合ってよ。おつまみ欲しい」
「つっこさん、痩せてるのによく食うなあ」
「エネルギッシュだと言って。なんか柿ピーとか食べたい」
 よいしょと月子が腰を上げ、富士見ものそりと炬燵から這い出る。時刻は三時を過ぎており、窓の外は雪こそ降らないが曇っている。「ずっきーは、ゆうゆう見といてね。なんかほしいもんある?」
 マフラーを巻いて財布をポケットに入れる月子に、「いえ、特に」と瑞希は返した。今夜はケーキを買って帰ると母が言っていたのを思い出した。これ以上、摂取カロリーを増やすのはあまりに恐ろしい。
 二人がわいわい喋りながら出ていくのを見送り、瑞希は炬燵に足を突っ込んだまま仰向けに寝転んだ。電灯の眩しさに視線を横に向けると、「インドネシアの歩き方」の本が目に入る。来年の卒業旅行で海外に行くためにバイトを頑張っているのだと、月子が言っていたのを思い出した。
 急に訪れた静寂で、炬燵が稼働する「ジー」という音がやけに響く。向かい側で姿の見えない佑が身じろぎし、炬燵の中で足がぶつかった。
「せんぱあい」
 むにゃむにゃと眠たそうな声が、向こう側から聞こえてくる。
「来年は、選考通りますよお」
 新人賞のことを言いたいらしい。「なに、いきなり」彼の足を軽く蹴る。へへ、と彼が笑う。
「先輩、本名でやってるし、本が出たらすぐわかりますねえ」
「あんたみたいな変なペンネーム、思いつかないだけよ」
 恥ずかしくなって、思わず憎まれ口を叩いてしまう。返事がないのでまた寝たのかと思った頃、「そうかなあ」と間延びした声が返ってきた。
「藁なんて、わけわかんないし」
「笑うとかけてるんですよ」
「そんぐらいわかってる」瑞希の声に、「それに」と彼がぼんやりした声を被せた。
「溺れる者は、って言うじゃないですか」
 溺れる者は藁をもつかむということわざを頭に浮かべた。てっきり「藁」と「笑」のダブルミーニングだと信じていたから、その意外さに何も言えなかった。
 溺れてるのは誰なの。そんな問いかけは出来なかった。答えは既に分かっていたから、「あほらし」と吐き捨てるだけにとどめた。へへ、と彼がもう一度笑うのが聞こえた。
 先輩二人が戻り、佑もようやく酔いがさめ、そろそろお開きにしようかという頃、「プレゼント交換で締めよう!」と月子が手を叩いた。彼女はクローゼットの奥から包みを取り出し、残る三人も各々の鞄からプレゼントを出す。月子が自分のスマートフォンを操作し、脇に置いた。
「今から音楽が流れまーす、プレゼントを時計回りで回してください。ランダムで止まるから、その時手に持っていたのが、受け取るプレゼントね。私が拍を取るから、合わせてねー」
 三人が了解すると、月子が画面に触れた。「あわてんぼうのサンタクロース」のイントロが流れ出す。彼女の合図で、四人はそれぞれの包みを回し始めた。月子が「いち、に」とリズムを取り、佑がハミングする。絶妙に音が外れていて、「おまえ、音痴だなー」と富士見が笑うのに、思わず瑞希も顔をほころばせる。
 二番の終わりで音楽が停止した。富士見に渡しかけた包みを手元に戻す。瑞希の手には、確か佑が持っていたはずの包みがあった。細長い緑色の紙包みに、赤いリボンの飾りがついているクリスマス仕様だ。ちょうど向かい合う者同士のプレゼントが行き交っていた。
 月子の元には図書カード、富士見には紅茶パックが送られた。「なんか俺には似合わねえなあ」「一番似合わない人に渡っちゃった」中身を目にした二人は同じ感想を口にする。
「佑のはなんだった?」
 富士見に覗き込まれ、小さな紙袋を開いた佑は、目を輝かせた。瑞希が購入したのは、アナログの腕時計だった。シンプルな文字盤にほんのり淡いブルーのバンド。男女どちらがつけてもおかしくないデザインだ。
「いいじゃん、ずっきーセンスあるねえ」横から覗く月子も満足げだ。
「すごいすごい! おしゃれだなあ」
 受け取った当の佑は、さっきまで寝ていた人間とは思えないほど目を輝かせ、満面の笑みを浮かべている。ありがとうと何度も礼を言うから、却って瑞希は恥ずかしくなってしまう。
「そんで、ゆうゆうからのは何だったの」
 月子に言われ、はっとして、瑞希は紙包みのテープを剥がした。片手に乗るほどの細長い紙箱を開ける。
 出てきたのは、握り心地の良さそうな蒼い胴に金色のペン先。万年筆だ。
「ちょっと待って、これ……」
「やったねずっきー、当たりじゃん!」
「おまえにしては、いいもん選んだな」
 予算オーバーじゃないかと言いかけた言葉が、先輩二人の声にかき消える。そもそも瑞希は、万年筆を一本も持っていない。欲しいと思ったことはあるが、店で見かけるそれらは、気軽に買うには手の出せない値段だった。二千円以下で買える商品も探せばあるのだろうか。だが、これが安物だとは思えない。
「それで、いっぱい傑作書いてください」
 大事そうに腕時計を手に包む佑が言う。気になるが、貰ったプレゼントの値段をしつこく掘り下げるのは無粋だ。
 蒼の光沢を指先でそっと撫で、ありがとうと瑞希は囁いた。