「今日は、山の麓では前日から祭りの準備をしているのですか?」
「はい。一週間かけて行う大規模な祭りですからね。祭りの前日は、いつも麓はざわついてますよ」
「そうですか。だから、太鼓の音も聞こえてくるのですね」

 炊事場の窓の外の景色に視線を向けた由椰がそう言うと、泰吉が不可思議そうに首を傾げた。

「ほんとうですか? この敷地内は、烏月様が外からの音も断絶しているはずですが……」
「そうなのですね。祭りと聞いて気持ちが昂って、風の音を聞き間違えたのでしょうか……」

 泰吉と風音にぽかんとした顔をされ、由椰は少し恥ずかしくなった。

「実は……。幼い頃、母に連れられて祭りに出かけたことがあるのです。麓の村で行われた規模も小さなものだったのですが、いつもより少しだけいい着物を着せてもらって、母にねだって出店でりんご飴を買ってもらいました。ピカピカした飴を食べてしまうのがもったいなくて、なかなか食べられませんでした。祭りに行ったのは、その一度だけですけど、とても楽しかった記憶があります。泰吉さんたちの話を聞いて、また行ってみたいなどと思ったから聞こえもしない音が聞こえてきたのかもしれませんね」

 笑いながらそう言うと、由椰は重箱を包んだ風呂敷を風音に手渡した。