「いえ。烏月様はオレたちではなく、由椰様のお帰りをお待ちだと思いますよ」
「ぼたもちを作るお約束をしていますもんね」
「ぼたもちもですが……、それよりも、由椰様の無事の帰りをお待ちでしょう」
「私……、ですか?」

 きょとんと首を傾げる由椰を見て、泰吉がまたククッと笑う。

「そうですよ。烏月様はオレが伊世様と間違えて由椰様を屋敷にお連れしたときから、あなたのことをとても大切にされているので」

(大切に……?)

 泰吉の言葉は、由椰にはいまいちピンとこなかった。

 たしかに、最近の烏月は由椰の作る料理を食べてくれるようになったし、由椰が祠の掃除をしたり、供物を捧げることを拒絶しない。けれどそれは、互いに自分を大切にするという約束を結んでいるからだ。

 烏月は、三百年も洞窟の中で眠りながら生きながらえた由椰に同情こそしているだろうが、それ以上の感情は持ち合わせていないだろう。

 烏月が由椰を屋敷に置いてくれるのは、由椰が人の世に戻ることのできなくなった可哀想な生贄だからだ。

 考えてみれば少し淋しいような気もするが、ただの人間の娘である自分が、美しい土地神様の時別かもしれないと考えること自体がおこがましい。

「泰吉さんは、思い違えていることが多いです」

 二神山へと続く道を歩きながら、由椰は小さく苦笑いした。