「お前の話はいまいち要領を得ない。おれの知る限り、神無司山の主が人の住む地に生贄を要請したことは一度もないはずだ」
「そんなはずはありません。私の前にも何人か、若い娘が神無司山の生贄として捧げられています。ことの始まりは、数十年前。何日も雨が降り止まず、村ではいくつもの家が水に沈んだそうです。そのとき、村長の夢枕に神様の使者が現れ、神無司山の奥にある洞窟に贄を捧げろとお告げがあったとか。生贄を捧げたあとしばらくして、降り続いていた雨はピタリと止んだそうです。それ以来、村が危機にさらされると、十五、六の年頃の娘が神無司山に生贄として捧げられてきました。今回、その生贄に選ばれたのが私です。どうか、日照りに悩まされている村をお救いください」
「まさか、伊世の消えたあと、神無司山でそのようなことが起きていたとは……。統治しきれずに放っておいたあやかしどもの仕業か……」
頭をさげて懇願する由椰の頭上、烏月が何事かつぶやいて息を吐く。それから、由椰の後頭部を見据えて告げた。
「残念だが、おれにお前を助ける力は残っていない。それに、雨ならば、つい三日前に降っている」
「ほんとうですか?」
「ほんとうだ。ここ三百年ほどは、人の住む地はどこも平穏そのものだ」
「三百年……」
烏月の言葉に少しの引っ掛かりを感じる由椰だったが、麓の村に雨が降り、自分がお役目を果たすことができたのなら問題はない。