耳元に手をあてたまま、由椰が髪をおろしてしまうかどうか迷っていると、それまで黙っていた風夜がボソッと言った。

「昨今の人の世では、誰も、自分が思うほど他人のことを気にかけていませんよ」

 少し乱暴な物言いだったが、普段から由椰を甘やかすことのない風夜の言葉がすんなりと由椰の耳に入ってくる。

 耳元にかけた手をはずして顔をあげると、視界が開けて視野が広くなる。

 たくさんの建物がひしめき合う町には、由椰が暮らしていた村の何倍もの人がいた。

 由椰たちの前や後ろから来る人たちは、みんな急ぎ足で歩いていて、風夜の言うとおり周囲の人間の顔などまともに見ていない。

 それがわかって初めて、由椰は思いきり息を吸い込むことができたのだった。