どこか遠い場所へと連れて行かれるものだと思っていた由椰は、烏月にそっと地面に降ろされて目を見開く。
烏月の敷地内の上空は、大鳥居の外とは打って変わって、穏やかに晴れ、優しい風が吹いていた。
由椰が出ていく前に供物を包んで祠の横に置いた手拭いは、誰かが片付けたのかなくなっている。汚れた祠も、綺麗に掃除されていた。
「早く入れ」
由椰がぼんやりと祠を見つめていると、先に歩き出していた烏月が屋敷の戸を開いて振り返る。
何事もなかったように烏月が屋敷の中に由椰を招き入れようとするのを見て、由椰は胸に引っかかりを感じた。
「どうしてですか? 烏月様は私に、出て行けとおっしゃったではないですか」
由椰が少し尖った声で訴えると、烏月が僅かに目を細める。烏月の金色の瞳には、はっきりと不快感が滲んで見えた。
「だからと言って、本当に出て行く奴がいるか。今の二神山は、この大鳥居の中以外は完全な無法地帯だ。大鳥居の外に一歩でも出れば、妖力のないお前の命の保証はない。人の子の魂は、放浪あやかしの恰好のエサになる。油断をすれば、さっきの妖狐のようなあやかし共に喰われるぞ」
低い声で一方的に叱責してくる烏月に、由椰は少しだけ腹が立った。一度はよそ者の自分を拒絶しておいて、気まぐれに助けにくるなど都合がよすぎる。