「おれが気付かぬわけがないだろう、野狐(やこ)め」
「随分とひさしぶりだな、烏月様。ずっと神様の役割はご無沙汰してたくせに、また人助けを始めることにしたのか?」

 ゆっくりと起き上がった銀髪の男が、烏月を睨みつけるようにしながら嫌みっぽく口角を引き上げる。

「ここはまだおれの領域だ。すぐに去れ」

 烏月は男のほうを見ずにそう言うと、由椰の手を引いて立ち上がらせた。それから許可もなく由椰を抱えあげると、バサリと羽音をたてて背中の黒い翼を広げる。

「どこがお前の領域だ。山の統治もできないお前は、もうこの山の神でもないだろう。力を失くした土地神など、俺たち放浪あやかしが本気になれば、いつでも引きずりおろせる」

 飛び立とうとする烏月を、銀髪の男が挑発的な目で睨む。

「……、そうか」

 烏月は感情の読めない目で銀髪の男を見下ろすと、ただ一言、そんなふうに零して、由椰とともに空へ舞い上がった。

「う、烏月様……!?」

 抱かれたまま宙へと浮かんだ由椰は、次々と起きる予期せぬ出来事に頭の理解が追い付かずにいた。
 
 まず、どうして烏月は大鳥居の外に出た由椰を追ってきたのか。そうして、今からどこへ向かうのか。

 灰色の雲間を抜けて飛ぶ烏月の体は、ときどき風に揺らされて小さな上昇と下降を繰り返し、その度に、由椰の心臓がひゅっと持ち上げられるような感覚になる。

 途中で雨が降ってきて、雷鳴が近くで轟き、由椰は恐ろしさに震えた。