「さっきからおかしな匂いがすると思えば……。人間の女の匂いだったか」
由椰の前に現れたのは、藍色の着物の銀髪の男だった。尖った眦で、由椰のことを値踏みするように見下ろしてくる男の後ろで、黄金色の尾が三つ、ゆらりと妖しく揺れている。
人の類いではないということは、男の見た目と醸し出す雰囲気ですぐにわかる。この男も、風音たちと同じあやかしなのだろう。
だが、男の纏う気配は、風音や風夜や泰吉と違い、粗野で恐ろしい。
本能的に危険を感じて由椰が数歩後ずさると、銀髪の男がニヤリと卑しく笑んだ。
「ああ。もしかしてお前、最近、烏月のところの鴉と狸が連れてったったいう、神無司山の生贄か」
そう言うと、男は目に見えぬ速さで移動して、由椰との距離を詰めてきた。
ケモノのような長い爪をした男の手が、由椰の手首を乱暴につかむ。それから、反射的に身をひこうとする由椰の首元に顔を近付けて、スンッと鼻をひくつかせた。
「やはり。人の匂いに混じって天狗の屋敷の匂いがするな。人嫌いの烏月が珍しく大事に囲っているというから、この辺の放浪あやかし達のあいだで随分噂になっていた。お前を捕まえて喰えば、烏月に勝る妖力が得られるのではないかと」
男が由椰を見つめて、ぺろりと口の周りを舐める。