「その節は、洞窟の中から見つけていただきありがとうございます。人の世にうまく戻ることができず、今しばらくこちらの屋敷でお世話になることになりました」
「烏月様から聞いています。由椰様がここで暮らせることになって、オレもとっても嬉しいです。由椰様は、伊世様とご縁のあるお方だから」

 頭を下げた由椰に、泰吉が人なつっこく笑いかけてくる。

 お清めのときに何度か顔を合わせた風夜は少しとっつきにくい印象の男だったが、泰吉は人当たりがよく話しやすい。

「屋敷での生活はどうですか?」
「はい。風音さんがそばにいてくださるおかげで、不自由ないです」
「それなら良かった」

 泰吉はニコリと笑うと、腕に抱えていたものを祠の前に並べた。

 りんごや桃などの果物といっしょに置かれたのは、小さな透明なガラス瓶がふたつ。瓶には、鹿や紅葉などの絵が描かれている。由椰が、それらをじっと見つめていると、泰吉が小さなガラス瓶をひとつ持ち上げた。

「これは全て、烏月様への供物です。この小さい瓶の中には、ちょうど一合分の酒が入ってるんですよ」
「お酒、ですか……」
「昔は、一升瓶で供えてたりもしてたけど、最近の烏月様は全くと言っていいほど何も召し上がらないから。あとでオレがお下がりとしていただける分だけを人里から運んで来てるんです」
「人里から……」

 りんごや桃は、由椰が麓の村で暮らしていた三百年前も目にしたことがある。だが、酒の入ったガラス瓶というものを見るのは初めてだ。

 由椰が鹿の絵が描かれたガラス瓶を繁々と眺めていると、泰吉が笑う。