由椰が風音と共に屋敷の入り口まで戻ってくると、屋敷の正面に立つ大鳥居の外から一匹の狸が入ってきた。

「狸……」

(烏月様の神力で、外の者は侵入できないはずでは……)

 不思議に思いながら、由椰が茶色のふわふわした尾が揺れるさまを眺めていると、狸が敷地内にある小さな木造の祠の前で足を止める。

 そこで、狸がポンッと人間へと姿を変えたので、由椰は驚いて息が止まりそうになった。

「あ、の方は……」

 口の中でつぶやく由椰に、風音が薄く苦笑いする。

「泰吉さんですね」

 風音の言うとおり、狸が化けたのは泰吉だった。

「ほんものですか……?」

 やわらかそうな栗色の髪も、ヘーゼルの瞳も、梔子色の着物も。由椰が初めて会った日の泰吉とそっくりそのままだ。

 狸の化ける能力が、こんなに優れていたなんて。

 唖然とする由椰を見て、風音が今度はおかしそうに笑う。

「もちろん、ほんものですよ。由椰様。泰吉さんは、狸のあやかしなのです」
「狸のあやかし……」

 由椰がぽかんとした顔で繰り返すと、人型に姿を変えた泰吉が振り向いた。

「風音か。それに、由椰様もおひさしぶりです」

 泰吉が、人なつっこく笑いかけてくる。

 彼に会うのは、初めて烏月の屋敷に連れて来られて以来だ。

(そういえば、まだお礼を言っていなかった)