衣擦りの音ひとつ、足音ひとつたてずに歩いてきた烏月が、由椰のそばで足を止める。ドキリとして肩を揺らした由椰を、烏月が感情の読めない瞳でじっと見つめた。
どことなく威圧感のあるまなざしに由椰が身じろぐと、烏月が口を開く。
「屋敷の敷地内は、どこを歩いても構わない。だが、決して大鳥居の外には出るな。手足の先……、いや、髪の毛の先ですらおれの敷地内から出さないように気を付けろ」
烏月が、低い声で由椰に念を押す。
「はい……」
真意を読み取れないままに由椰が頷くと、ふいに、烏月の周囲で風が巻き起こる。激しい空気の揺れを感じて、由椰が顔の前に手を翳したとき、風に拐われるように烏月が消えた。
「烏月様は……」
「お部屋にお戻りになったのでしょう。泉の力を借りたとしても、山の様子全体を視るにはかなり神力が奪われるそうです」
「神力……?」
「はい。せっかくここまで歩いてきましたが、戻りましょうか。烏月様が泉の力を借りたあとは、結界が少し弛んでしまうので」
風音がそう言って、元来た道を引き返し始める。