長い間ずっと暗闇に閉じ込められて冷え切っていたはずの身体が、なぜかぽかぽかと温かい。凍り付いて動かすこともままならなかった手足に、ひさしぶりに力が入るような気がする。
「この娘は、伊世ではない」
重たい瞼をあげようとする由椰の耳に低い声が届く。その声がなんだかとても心地よいと、まどろみの中で由椰は思った。
「やはり、狸の戯れ言だったか」
「戯れ言なんかじゃねーよ。烏月様、もう一度よくお確かめになってください。オレにはたしかに、この娘から伊世様の匂いを感じたんです」
「貴様の鼻がおかしいんじゃないのか」
「なんだって? もう一度言ってみろ」
「だから、貴様の鼻がおかしいのだろう。年で、そろそろ鼻が利かなくなってきているのではないか」
「ふざけんな。年なら、オレよりもお前のほうがくってんだろーが。クソ鴉」
「烏月様の御前で口が悪いぞ、老害狸」
「口が悪いのはお前もだろ、毒舌鴉!」
続けて由椰の耳に届くのは、先ほどとは異なるふたりの男たちの声。ひとつは落ち着いているが言葉の端々に少しの棘があり、もうひとつはやたらと感情的だ。
長い間ずっと無音の世界に閉じ込められていた由椰は、突如訪れた喧騒にピクリと眉を引きつらせた。