「烏月様が外の者を屋敷に入れるのは、ほんとうにひさしぶりのことなんです。それに、長期での滞在を許されたのも」
「でもそれは、私が人の世に戻ることができないから仕方なくかと……」
「いえ。私は、それだけが理由ではないと思っています」
申し訳なさそうにうつむく由椰に、風音が微笑みかける。
「烏月様が由椰様のことを気にかけておいでなのは、きっと、あなたから伊世様を感じるからですよ」
「烏月様の妹君だという、神無司山の女神様のことですか?」
「そうです。伊世様は、人やあやかし達の幸せのためならば、ご自身の力を使うことを厭わないとても優しい方でした。烏月様と伊世様はとても仲の良いご兄妹で、二神山と神無司山を古くから守っておられたのです」
風音の話を聞きながら、由椰はふと、幼い頃に母が語っていた昔話を思い出した。
二神山にはとても美しい双子の神様がいて、その神様たちに守られているから麓の村の人々は安心して暮らせるのだと。そういう話だったと思う。
あれは、烏月と伊世のことだったのかもしれない。
「けれど、五百年ほど前頃からでしょうか。神無司山の麓に暮らす人たちの多くが、外から持ち込まれた別の神様を信仰するようになり……、土地神である伊世様への信仰はだんだんと薄れていってしまいました。神様は人からの信仰がなくなれば、神力が弱まってしまいます。そんな状況で力を使い続ければ、神力が尽きて消えてなくなってしまう。それがわかっていて、伊世様は人や山に暮らすあやかしのために力を使い続けました。烏月様は力の使い過ぎはよくないと止めておられたようですが、伊世様は聞き入れなかったそうです。三百年前のあるとき、力を失った伊世様は、突然姿を消しました。それからです。烏月様が、屋敷に外の者を入れなくなったのは……」