「良いもなにも……。泉の水で清める以外に、この娘を人の世に戻す方法を探すしかないだろう」
「それでは、私は引き続き、由椰様のお世話係としてお側に仕えさせていただきます」
烏月の前に一歩進み出て言ったのは、風音だった。
「そうだな。この娘のことは風音に任せよう」
烏月はうなずくと、初めて会ったときと同じように由椰の前で膝をついた。
感情の読み取れない、けれど美しい金の瞳が、戸惑う由椰の目をまっすぐに見つめる。それから、烏月は由椰のほうに手を伸ばしかけ、すぐにおろした。
気のせいかもしれないが、差し伸べられた白くて指の長い綺麗な手が由椰の頬に触れようとしたかのようで、おもわず心臓がドクンと跳ねる。
無言で見つめ返す由椰に、烏月がわずかに唇の端を引きあげた。
「心配しなくていい。きっと、少し長く眠り過ぎたせいだろう。この屋敷でしばらく過ごしていれば、人の世での未練も思い出せる」
「はい……」
由椰を見つめる烏月の瞳は笑ってはいなかったが、その表情は美しく、そこはかとない慈愛に満ちていた。
烏月の言葉に流されるままに頷く由椰だったが、胸の中には不安が燻っていた。
烏月の言うように、自分は人の世での未練を思い出せるのだろうか。
考え込む由椰に、風音が微笑みかけてくる。
「由椰様、もうしばらく一緒にいられるようで嬉しいです」
まだ出会ってほどないが、風音は初めからずっと由椰に優しい。風音の好意的な言葉が、居場所のない由椰にとって少しの救いになった。