「すぐに参ります」

 襖の向こうの相手にそう言うと、由椰は長い黒髪をひとつに束ねて立ち上がった。そのとき、右側の金色の瞳が前髪でうまく隠れるようにすることも忘れない。

 簡単な身支度が整うと、由椰は寝るときに着ていた白の浴衣姿で部屋を出た。

「おはようございます、由椰様」

 襖を開けたその先で、由椰と同じか、もしくは少し年下かと思われる小柄な少女が、膝をついて、うやうやしく頭を下げた。

 大げさなくらいに頭を低く下げる少女の白衣の背には、烏月や風夜と同じように黒い翼が生えている。だが、烏月たちと比べれば随分と小さい。

 黒い翼の生えた少女の名は風音(かざね)という。

 風音は風夜の妹で、由椰が烏月の屋敷に滞在するあいだの世話係だ。それだけでなく、風夜とともに由椰が人の世に戻るための手伝いをしてくれている。

 由椰が人の世に還るためには、神無司の土地神であった伊世に与えられた加護を祓い、現世に留まりすぎて汚れた魂を清めなければならない。清めの儀式は、烏月の臣下である風夜と風音が行う。風夜の家は代々、二神山の土地神に仕える鴉天狗の一族なのだそうだ。

「おはようございます。風音(かざね)さん。今日もよろしくお願いいたします」

 由椰が膝をついて頭を下げ返すと、顔をあげた風音が困ったように眉を下げた。

「おやめください。何度も申し上げておりますが、由椰様が私に頭を下げる必要などありません」
「でも……、風音さんにはお世話になっているので……」
「由椰様がここにいらっしゃるあいだ、身の回りのお世話をするのが私の仕事。私は烏月様や兄に命じられたことをしているだけです。ご準備が整っているようでしたら、向かいましょう」

 風音が立ち上がるのを見て、由椰もすぐに立ち上がる。