「泉へ連れて行け」

 与市の声が由椰の頭の中で反響して、不快に響く。耳鳴りもひどく、命令に逆らおうにも逆らえない。

 与市がもう一度手を動かすと、由椰の足が部屋の外に向かって動き出した。得体の知れない男の命令など聞きたくないのに、身体は勝手に男を泉へと誘導しようとする。

 風音や烏月はどこにいるのか、泰吉や風夜は酒に酔い寝てしまっているのか。屋敷の中はやけに静かだった。

 部屋を出て屋敷の入り口へと向かう由椰と与市に、誰も気付いている気配がない。

(屋敷の敷地で異変があれば、烏月様が気付かないわけがない。まさか、この男が皆さんを……?)

 嫌な想像が頭を過る。音も立てずに後ろをついてくる与市に問い詰めたかったが、操られている由椰は自由に声を出すこともできなかった。