「暗闇もあやかしも怖くはありません。この世にひとりになることに比べたら」

 少女の言葉に、烏月が怪訝に眉をしかめる。

「祈っても神様がかなえられない願いがあることはわかっています。それでも祈っているあいだは、穏やかな心でいられます。私は自分のために神様に祈っているのです。だから、心配しないでください」
「……、なるほど」

 烏月が眦を下げて笑いかけると、少女が烏月に小さく会釈した。それから、また目を閉じて祈り始める。

 ふと見ると、祠に歪な形のぼたもちがふたつ置いてあった。少女が捧げた供物だろうか。

 伊世の祠に何かが捧げられているところを見るのは、ひさしぶりのことだった。

 烏月はしばらく熱心に祈っている小さな背中を見つめていたが、やがてそれにも飽きて、その場を去った。

 翌日、また見舞いに来てみると、少女の姿はなく、ぼたもちだけがふたつ、祠に残されていた。

 皿ごと持っていって伊世に渡すと、伊世が嬉しそうに、ぼたもちをひとつ烏月に分けてくれた。見た目は不恰好だったが、柔らかすぎず、固すぎず、程よい甘さの餡子に包まれたそれは、烏月が今まで口にした供物の中でも特に美味かった。