烏月が由椰に初めて出会ったのは、三百年前。烏月が、神力が落ちて神無司山の自分の住居からも出られなくなった伊世を見舞ったときのことだ。

 人里から運んできた果物を捧げようと烏月が伊世の祠に向かうと、汚れたぼろの着物を着た少女がひとり、祠の前で熱心に祈っていた。

 烏月の姿は、普段は人の目に見えない。姿を隠したまま供物だけを置いて立ち去ろうかと思ったが、祠の前にひざまずいた少女があんまり熱心に祈りを捧げていたので、つい、姿を見せて声をかけてしまった。

「さっきから、何をそんなに祈っているのだ。祈ったところで無駄だぞ。ここの神にはもう、お前の願いをかなえてやれるだけの力は残っていない」

 意地悪く笑って言うと、祈りを捧げていた少女が振り向いた。

 金色と青の色違いの瞳が、伊世に似ている。一瞬、子どもに化けた伊世かと思ったが、それにしては気配が違う。着ているものはぼろだったし、髪の毛や顔は汚れていたが、美しい少女だった。

「あなたは?」

 突然声をかけてきた烏月を警戒するように、少女がじっと見つめてくる。

「偶然に通りすがった者だ。そろそろ暗くなるぞ。力を失った神への祈りなどやめて、早く家に帰った方がいい。夜になると、このあたりはあやかしが出る」

 伊世の神力が弱まってからの神無司山は、すっかり荒れてしまっていたのだ。