烏月の屋敷にいるうちに、人の世で暮らしていた頃に由椰が感じていた生き辛さや苦しさは消えてなくなった。

 大鳥居の中の烏月の屋敷は、由椰には居心地がよくて、自分が仮住まいの身であることを忘れそうになる。

 烏月の言うとおり、由椰は「変化」している。でもそれは、人の世への未練を思い出したからでも、与市に再会したせいでもない。

 烏月や風音……、人の世からは隔絶されたこの場所での出会いが由椰の心を変えた。

 由椰が留まりたいと思うのは、烏月の暮らす幽世。さらに悪いことに、由椰が烏月に抱く気持ちも、神様として尊ぶものから、もっと特別な想いに変化している。

 玄関の戸を乱暴に引き開けて外に飛び出した由椰は、祠のそばで足を止めた。

 烏月自身でもあるという、古びた木造の祠をしばらくじっと眺めたあと、手の中に握りしめていた木箱をそっと置く。

 感謝の気持ちを込めた贈り物の耳飾りは、烏月に受け取ってもらえなかった。だがせめて、供物として捧げることは許してほしい。

 由椰は祠の前で手を合わせると目を閉じた。

(思い上がっていた私を許してください。それでも私の心は——、もう少しあなたのそばにいたいと希ってしまうのです……)

 目を閉じた由椰の目尻から、涙がぽとりと零れ落ちる。その雫が、古い祠を少し濡らした。