「差し出がましいことをして、大変申し訳ありません……」

 震える声でそう言うと、由椰は木箱を手にして下を向いたまま、ゆっくりと立ち上がった。

「お先に失礼いたします」

 座敷を降りて、炊事場の入り口まで歩いていくと、烏月を振り向くことなく後ろ手に引き戸を閉める。背中でカタンと音が鳴るのを聞いた瞬間、由椰はついに堪えきれなくなって屋敷の外まで一瞬も止まらずに廊下を駆けた。

 座卓の片付けが終わっていなかったが、今の由椰には烏月の前で平静さを保つことが難しい。

 耳飾りの入った木箱を抱えて走りながら、由椰は、自分の心の「変化」について考えていた。

 烏月は、初めから由椰が人の世に戻ることを望んでいた。由椰が屋敷への滞在を許されているのは、人の世に戻れなかった由椰に情けをかけてくれたからだ。由椰もそれをわかっていて、人の世での未練を思い出せるようにいろいろなことをした。

 麓の村にいる頃のように料理をしたり、祠の掃除をしたり。今の人里に降りてみたり、母との思い出のある祭りにも出かけた。

 屋敷に来てから、風音や泰吉や風夜に優しくしてもらった。初めは少し冷たかった烏月も、由椰に笑いかけてくれるようになった。

 麓の村では色違いの目のせいで人から不気味がられてきたが、烏月の屋敷で初めて、由椰は「由椰」としての存在を認められて許された。