「良いのですか? あの簪は、由椰様のお母様との繋がりがあるものですのに」
「いいんです。簪がなくても、母との思い出は私の心の中にあるので」
神無司山の生贄に出されるときに預けられた鼈甲の簪は、母のものになるはずだっただけのもので、実際に母が身に着けていたわけではない。どちらかと言えば、母を思ったとおりの家に嫁がせることのできなかった村の長の未練の品だ。
烏月に祭りに連れて行ってもらえて母との思い出にはきちんと整理がついたし、このまま簪を手元に置いておいたところで使い道はない。
由椰の母は、無駄なものは持たない人だった。母が今ここにいたなら、烏月へのお礼のために簪を手放すことを理解してくれるだろう。
風音はぎりぎりまで簪を売りにいくことを渋っていたが、説得したところで由椰の心が変わらないとわかると、由椰の代わりに人里まで使いに出てくれた。
「烏月様に喜んでいただけるといいですね」
烏月のことを思いながら黒瑪瑙の耳飾りを見つめる由椰に、風音が微笑みかけてくる。風音の優しい心遣いには感謝しかなかった。
「ありがとうございます。そうだ。風音さんにはこれを……」
由椰は耳飾りの箱に蓋をして着物の袖にいれると、手鏡を入れてある木箱を持ってきた。その蓋を開けると、中から組紐で作った髪飾りを取り出す。