「麓の村の村長の親戚。由椰との関係は従兄妹だったんだけど……。覚えてない?」
そう言われて記憶の片隅にぼんやりと浮かんだのは、村長の屋敷にときどき出入りしていた同世代くらいの親戚の男の子の顔だった。
母が亡くなって、村長の家に引き取られたあと、色違いの目のせいで親戚たちから疎まれていた由椰に唯一話しかけてくれた子がいた。その子が従兄妹だとは知らなかったが、そういえば名前を与市といったかもしれない。
(どうして彼がこんなところに——? それに、生まれ変わりとはどういうこと?)
由椰が呆然としていると、与市だったという男が少し淋しそうに目を伏せた。
「やっぱり、覚えてないか……。実のところ、俺も、つい最近、不思議な縁で三百年前の記憶を思い出して、由椰に会えないかと探していたんだ。三百年前、由椰が神無山の生贄に出されたと聞いたときはショックだったよ。俺がもっと、助けになってやれたらよかったのにと思って後悔もした。前世で記憶を思い出してからは、由椰が現世でしあわせであることをずっと願っていた。由椰は今——」
「由椰、何をしている」
石段を上がり戻ってきた烏月が、与市の話を遮る。
突如として現れた整った顔立ちの烏月を見て、与市は面食らった顔をした。
「由椰、この男は?」
烏月が与市のことをじろりと睨みながら由椰に訊ねる。
「三百年前の私の知り合いだと……。ですが、私はあまり……」
「よく知らない、か……?」
「はい……」
自分と同じ時代に生きていた与市が、今は別の生を受けて目の前にいる。
男が本当に三百年目の与市の生まれ変わりなのかどうか定かではないが、突然現れた男の存在を、由椰はうまく受け止めきれていなかった。